抄録
ダイオキシン毒性の発達毒性の典型的な症状の一つは水腎症である。これまでの知見から、妊娠期曝露に伴いマウス胎仔に観察される水腎症の発現には、arylhydrocarbon receptor (AhR) の存在が不可欠であることが判明している。しかし、どのようなメカニズムで水腎症が発症するかは不明である。我々は、出産後1日目の母親マウスに、2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) を経口的に1回投与することにより、母乳を介してTCDDに曝露することによって仔マウスにも水腎症が発症することを報告した。今回、我々はこの実験条件下において水腎症発症メカニズムを検討した。その結果、7日齢仔マウスの腎臓におけるcyclooxygenase-2 (COX-2) 遺伝子発現レベルの顕著な増加、ならびにNKCC2遺伝子及びROMK遺伝子発現レベルの有意な低下が認められた。さらに、prostaglandin E2 (PGE2)の顕著な排泄増加が認められ、この事実は、TCDD曝露によってPGE2が遠位尿細管上皮細胞に強く発現誘導されるという免疫組織化学所見からも確認された。以上の実験結果から、授乳期TCDD曝露により仔マウスの腎臓形成期に生じる水腎症において、TCDDがAhRを介して腎臓COX2の遺伝子発現を誘導し、その結果、腎尿細管のNa、K、Clイオンチャネル関連遺伝子の発現抑制が起きているという、水腎症発症メカニズムにおける新たな現象が明らかとなった。今後、腎臓の発生・分化・形成の過程に関与する遺伝子発現とTCDDに対する尿細管細胞の感受性と水腎症発症メカニズムとの関係を明らかにすることが重要であろう。