抄録
2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin(TCDD)は毒性が極めて強い環境汚染物質である。ビタミンDは、その前駆体が肝臓で25位が水酸化され25(OH)D3に変換された後に腎臓に運ばれ、1α位がさらに水酸化され1,25(OH)2D3の活性型ビタミンDとなる。活性型ビタミンDはカルシウム(Ca)の恒常性の維持のみならず、リガンドとして核内受容体のビタミンD受容体と結合して標的遺伝子の発現を制御している。TCDDが骨の強度や骨形成を阻害するという報告があるにもにもかかわらず、ビタミンD代謝とTCDDの関連を調べた研究は殆どない。そこでTCDDによる骨毒性の機構を明らかにする目的で、形成期の腎臓を用いてビタミンD代謝およびカルシウムの吸収・輸送に関与する遺伝子の発現に及ぼすTCDDの影響を調べた。授乳を介してTCDDに曝露したマウスから、生後7、14、21日目に腎臓を採取して、遺伝子発現量をリアルタイムRT-PCR法で調べ、蛋白発現への影響を免疫組織学方法で調べた。その結果、生後14日目から腎臓内の活性型ビタミンD合成酵素であるCYP27b1遺伝子の発現がTCDDにより有意に上昇した。一方、活性型ビタミンDの分解に関与するCYP24A1遺伝子の発現もTCDDにより誘導された。さらに、腎臓でCaの再吸収の役割を演じている細胞内カルシウム輸送蛋白のCalbindinおよびNCX-1 (Na+/Ca+ exchanger) 遺伝子の発現がTCDDにより抑制されることが明らかとなった。これらの遺伝子レベルの発現量の実験結果は蛋白レベルでも同じであることが免疫組織学的に確認された。TCDDによる血清中活性型ビタミンD3の上昇が認められた。今回の実験結果から、TCDDによる骨形成障害が腎臓中のビタミンD代謝およびカルシウム輸送撹乱に起因する可能性が示唆された。