抄録
【背景】我々は第33回本学会において、若齢時に有機塩素系農薬(DDT)に曝露されたラットが成獣期に有機リン系農薬(MPP)に曝露されると、脳内に残留したDDTがMPPの神経毒性発現を増強することを報告した。今回は、さらに幼若動物を加え、幼若あるいは若齢時にDDTに曝露されたラットの成獣期におけるMPP曝露が中枢神経系に及ぼす影響を比較検討した。【方法】3週齢(幼若)および5週齢(若齢)のWistar系雄ラット(n=10/群)にDDT(15、30、60 mg/kg/day)をそれぞれ14日間反復経口投与した。その後6週または4週間の休薬期間を置き、MPPを200 mg/kg単回経口投与し、神経症状、自発運動量および脳と血漿中のChE活性を測定した。さらにWestern blot法による肝薬物代謝酵素の定量と、ELISA法による血漿中のDDE/DDT濃度を測定した。またマイクロアレイにより脳における遺伝子発現を網羅的に解析した。【結果】幼若時にDDTに曝露されたラットでは、重篤な神経症状の発現と高い死亡率、さらにChE活性と自発運動量の低下がDDTの用量に相関して認められた。若齢時にDDTに曝露されたラットにおいても同様の変化が認められたが、症状は軽度で投与後24時間以内に回復し、ChE活性や自発運動量の低下も僅かであった。幼若時曝露ラットでは、若齢時曝露ラットに比べ、血漿中のDDE/DDT濃度は高値を示したが、肝薬物代謝酵素のCYP2B1濃度は著しく減少した。脳の遺伝子解析では、糖質コルチコイド調節キナーゼの発現がDDTの用量に依存して増加した。【考察】幼若期と若齢期の肝ミクロソーム酵素活性の違いがDDTの代謝とMPPの神経毒性発現に影響し、また、これら2剤の複合曝露は生体内のストレス反応に影響を及ぼすものと推察された。
(平成18年度 厚生労働省科学研究事業)