抄録
胎生期にエタノールに曝露されると、種々の器官に発達障害を生じることが知られており、fetal alcohol syndromeをはじめとしたfetal alcohol spectrum disorder(FASD)の原因となる。FASDで最も問題となるのは中枢神経系の機能障害である。我々は、胎生期エタノール曝露による中枢神経系機能障害の詳細を明らかにするために、胎生10-20日にエタノール曝露されたラット(Etラット)で、行動異常や概日リズム調節障害とこれらの異常に深く関わっていると推察されるセロトニン神経系の発達障害について解析した。
Etラットでは、新奇環境下で探索行動の減少が認められた。高架式十字迷路試験では、試験中freezingが顕著に認められた。深部体温概日リズムを観察したところ、明暗周期を8時間前進させた後の同調反応が対照群より有意に遅れていた。恒常暗下でのfree-runリズムに異常は認められなかったが、光照射による位相後退反応性が低下した。これらの行動学的異常や概日リズムの調節障害にはセロトニン神経系が深く関わっていることが明らかになっている。そこで出生直前のEtラットにおいてセロトニン神経の発達を調べたところ、セロトニン濃度(全脳)の低下、及び縫線核においてはセロトニン陽性神経細胞数の減少が認められた。また、成熟Etラットにおいても縫線核のセロトニン陽性神経細胞が減少していた。
これらの結果は胎生期エタノール曝露によるセロトニン神経の発達障害が行動異常や概日リズム調節障害の原因となっていることを直接示すものではないが、胎生期エタノール曝露によりセロトニン神経系の発達に障害が生じ、セロトニンが深く関わっている脳機能が障害されることが興味深い。セロトニン神経系の発達障害が胎生期エタノール曝露による脳機能障害にどのように関わっているかを考察する。