抄録
【目的】メチル水銀(MeHg)曝露により、in vitro実験ではグルタミン酸トランスポーターの発現量が変化することが報告されているが、in vivo実験によりその変動は確認されておらず、我々のラットを用いた予備検討でも、変化は認められなかった。我々は、この発現変化は限られた細胞集団においてのみ見られると仮説をたてた。レーザー・マイクロ・ダイセクション(LMD)に着目し、今般、免疫組織切片から回収した微量サンプルを用いたRNA解析の定量性を劇的に向上させることに成功した(Immuno-LMD法)。今回は胎仔期メチル水銀曝露を行ったラット脳組織切片から海馬錐体細胞層のみを回収し、グルタミン酸トランスポーター遺伝子の発現量を調べた結果を報告する。
【方法】Long-Evans母ラットに対し、交配2週間前から出生まで、0または5 ppm(Hgとして)のMeHg含有水を与え、一腹あたり一匹の雄仔動物の脳を生後2日齢にて回収した(それぞれControl群6匹、MeHg群6匹)。脳の新鮮凍結切片を作成し、神経細胞の蛍光免疫染色を行い、Immuno-LMD法により海馬錐体細胞層を回収し、total RNAを抽出後、realtime RT-PCR法によりグルタミン酸トランスポーター遺伝子の発現定量解析を行った。
【結果・考察】MeHg群ではControl群に比して、EAAC1、GLAST mRNAともに有意に発現量が低かった。グルタミン酸トランスポーターはシナプスでのグルタミン酸濃度を調節することで神経伝達の効率化を行っている。グルタミン酸は神経伝達物質として高次脳機能に密接に関与しており、近年、子どもの精神疾患・症状に関わる分子として注目されている。今回の結果は胎仔期MeHg曝露が高次脳機能の情報伝達をかく乱する分子基盤の一つを示すものと考えられる。