抄録
依存性物質に対する摂取欲求を適切に制御することは、薬物依存をはじめとする様々な物質使用障害の治療や予防において中心的課題である。実際、アルコール依存においてはアセトアルデヒドの代謝を抑制する断酒剤が用いられており、禁煙補助薬としてはニコチンによる報酬効果発現を制御するニコチニックアセチルコリン受容体α4β2サブユニット部分作動薬が用いられている。一方、覚せい剤、オピオイド、幻覚剤などの多くの依存性物質に対する摂取欲求のメカニズムには不明な点が多く、少なくとも本邦ではこれらの摂取欲求を抑制する治療薬は認められていない。演者らは、摂取欲求を抑制する治療薬の探索を進めており、G蛋白質活性型内向き整流性カリウム(GIRK, Kir3)チャネルに注目している。GIRKチャネルは、Gi/o型のG蛋白質と共役する受容体のシグナル伝達におけるエフェクターの一つである。つまり、オピオイド受容体やD2タイプのドーパミン受容体などが活性化するとGIRKチャネルが開口し、細胞膜が過分極になり細胞の活動性が抑えられる。このようにGIRKチャネルが様々な依存性物質の作用機序と関係していることから、GIRKチャネルを抑制することで依存性物質への嗜好性を減弱させる可能性が考えられた。そこで演者らはGIRKチャネルを阻害する薬物を広く探索し、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるフルオキセチンとパロキセチンにはGIRKチャネル阻害能が認められるが、SSRIであるフルボキサミンには認められないことを見出した。また、薬物条件付け場所嗜好性試験を用いてマウスのメタンフェタミン嗜好性に対するこれらのSSRIの効果を調べたところ、フルオキセチンとパロキセチンにはメタンフェタミン嗜好性を減弱させる効果が認められ、フルボキサミンには認められなかった。GIRKチャネルは依存性物質に対する摂取欲求を制御する重要な分子であり、薬物依存の治療標的としても注目すべき分子であると考えられる。