抄録
福島第一原発事故による低レベル被曝による健康リスクに関して専門家,マスコミ,さらには経済評論家などからの多くの議論が巻き起こっている。しかし,そのなかには科学的な論理や事実に基づかないものも多い。低レベル被曝は,エビデンスが比較的乏しいこともあり明確にその影響が予測できない側面があることは事実である。しかし,現在までの科学的知見と作用機序に対する理解からの論理的な推論から科学的蓋然性をもった推定は可能である。また一部のいわゆる評論家は,単に出版されてはいるが,おそらく科学的査読を経ていないと思われる論文を引用し,「低レベル放射線は健康に良い」という議論を展開している。さらに,論文中の図を一方的な解釈で,その著者の結論とは逆の主張に利用しているなどの事例もある。逆に,統計的に有意性の無いデータを基に,危険性をあおり立てている言論もある。本講演では,これらの事例のいくつかを具体的に検証するとともに,論理的なリスク評価に関して議論する。
さらに,低レベル被曝の問題以外での,リスク評価に関する問題点を議論する。
また,原子力発電所のような複雑なシステムにおける事故のメカニズムとしてシステムの大規模損壊と大雑把に呼称されるが,実際には,幾つかのクリティカルな故障が,Cascading Failureを生じさせることで,Catastrophic failureに至るという経過を辿る。リスク評価と同時にリスク低減を策定する際には,このようなシステム論的に精密な議論が必須である。