抄録
日常生活で暴露される様々な化学物質の毒性評価は,実験動物における毒性所見を人に外挿することで実施されている。しかし,気化性化学物質の吸入毒性の内,シックハウス症候群については,人における被害報告濃度と実験動物で検出可能な器質変化濃度の乖離が甚だしく,現行の吸入毒性試験での毒性指標(器質的障害)を人へ外挿することは困難である。この問題に対し,器質的変化が誘発される以前の段階(時間的及び濃度的に)での遺伝発現変動を網羅的に評価可能なPercellome トキシコゲノミクスを極低濃度暴露時の肺及び肝に適用した結果,病態の惹起或いは生体防御の発動を示唆する影響を高感度に捕捉することができた。
この成果を踏まえ,シックハウス症候群等において通常の検査からは病因が特定されない「不定愁訴」の分子実態を把握する目的で,「厚生労働省シックハウス問題に関する検討会」が掲げる物質の内,ホルムアルデヒド及びキシレンについて,指針値付近の極低濃度下での吸入暴露実験を実施した。具体的には,12週齢の雄性C57BL/6マウスを使用し,6時間/日×7日間暴露 [労働暴露モデル],及び22時間/日×7日間暴露 [生活暴露モデル])(各4用量・4時点)にて吸入暴露させた際の海馬のmRNAを採取しGeneChip MOE430v2 (affymetrix社)を用い,約45,000プローブセットの遺伝子発現の絶対量をPercllome法により得て網羅的解析をおこなった。
その結果,両物質ともに,22時間/日x7日間反復暴露では,神経活動の指標となるImmediate early geneの発現が強く抑制され,海馬における神経活動が抑制される事が示唆された。他方,6時間/日x7日間反復暴露の場合では,この抑制は一過性であり暴露期間中に回復していた。この抑制所見は,シックハウス症候群の「不定愁訴」の分子実態の一端を明らかにしたものと考える。