抄録
薬が薬であるためにはヒト(患者)に対する有効性が発揮されなければならないが,一方どんな薬にも副作用と呼ばれる有害な作用があることも避けられない。ヒトでの副作用につながる毒性を薬の開発の早い段階から検知する科学的努力は長年に渡って続けられて来ているが,常に我々は悩み続けている。すなわち,試験管内で微生物や培養細胞を用いた試験や丸ごと動物を用いた毒性評価のための試験結果が臨床現場で日常的に遭遇する患者に現れる薬の副作用との関連が実に様々である事が非臨床試験成績から臨床的副作用の予測を難しくしている事である。しかし,実際にヒトを実験台にして毒性評価を行う事は出来ないので非臨床試験の方法が様々に工夫されて来ている。
例えば非臨床試験によって比較的短期間にヒトに現れる毒性を評価しようとするために臨床用量よりも極めて高い投与量を試験動物に投与して現れる毒性と考えられる変化を観察する方法は長年採用されて来ているが,そもそも投与量が見かけ上高くても本当に試験動物の体内に十分な量の薬が吸収されて全身に行き渡っているのかどうか,すなわち暴露レベルの評価をきちんと行っていないと,試験結果が何を意味するのか分からないため,トキシコキネティックスがきちんと考慮された毒性試験が当たり前に行われるようになって来たのは大きな進歩と言える。
更に近年登場したiPS細胞を用いた新たな毒性評価の手法はこれまでの様々な工夫とは本質的に異なる画期的な予測性の進歩をもたらす可能性がある。
ヒトから採取した分化した細胞(皮膚や粘膜や血液等由来の細胞)をiPS細胞化し,その上で毒性を評価したい組織の細胞(心筋,肝臓など)に分化誘導してから試験薬に暴露させ,そこに現れる変化,例えば心筋細胞であればIKrの変化等を評価し,精度の良いQT延長症候群の発現予測の可能性が示されつつある。
つまり,ヒトに現れる毒性を直接ヒト由来の生きた細胞や組織で評価する可能性が開かれつつあるのが現在である。特に日本で生まれたiPS細胞の技術を毒性評価,毒性予測に用いる事で飛躍的な進歩が実現出来れば画期的と言える。
新薬の市販後の様々な副作用への対応を担当している立場から新しい技術や手法に寄せる期待をお話させていただきたい。