抄録
Notchシグナル伝達経路は,線虫からヒトに至るまで進化上よく保存された細胞間のシグナル情報伝達経路である。また,神経,血液,免疫系など多くの組織の発生や機能において重要な役割を果たしている。Notchシグナル情報伝達経路は隣接する細胞に発現する膜蛋白質リガンド(Delta,Jagged)と受容体(Notch)の結合により,開始され,Notch発現細胞へ情報伝達が行われる。
Notchシグナルの機能として最もわかりやすい説明は,隣接細胞間のNotchシグナル活性の程度差により,それぞれ異なる2つの運命がもたらされるというものである。すなわちNotchとNotchリガンドの発現(活性)にはフィードバック制御が存在し,ある状況下で生じたNotchシグナル活性の違いが隣接細胞間で増幅され,それぞれ異なった細胞運命結果を生じる。
しかし,Notchシグナルの理解を複雑にしているのは,この二者択一の運命決定が細胞種ごとに異なるからである。例えば,2つの異なる細胞タイプへの分化,細胞増殖か分化,生存かアポトーシス,などがある。その多様性の要因として,複数のNotchリガンド・受容体が存在すること,それらの発現場所・時期・活性が複雑な調節を受けていること,他の細胞内シグナルと協調して働き,シグナル下流標的遺伝子が細胞種ごとに異なること,などが考えられている。このため,Notchシグナルの機能と調節機構にはコンテクスト依存性が高いという特徴がある。
Notchシグナルは,前述の通り,種々の細胞で重要な働きを持つ。そのため,活性異常や遺伝子変異は,それら細胞運命制御の不全をもたらし,がん化を起こす場合がある。
Notchシグナルによる細胞運命決定経路を標的としたがん治療は新しい治療法の確立の可能性をもつが,このように進化上保存され,広く浸透している重要経路の調節により,副作用を生む可能性もある。よって,臨床的に重要な毒性の同定とそれを防ぐ方法の開発が望まれるが,普遍的あるいは細胞種固有のNotchシグナル制御メカニズムには,未解明の点が多く残されている。我々は,基礎研究の立場から,Notchシグナルの機能とその調節の分子機構の解明に取り組んでいる。リガンドのユビキチン化やNotchのリン酸化といった翻訳後修飾がNotchシグナル活性制御に重要であることを明らかにしたので,紹介したい。