抄録
トリブチルスズ(TBT)、トリフェニルスズ(TPT)をはじめとする有機スズ化合物は、汚損付着生物の船底や漁網への固着を抑制する作用を有することから、船底塗料や漁網防汚剤をとして用いられてきた。しかし一部の腹足類の雌に対して雄性生殖器を発生させる内分泌撹乱作用(インポセックス)を示すことが知られており、脊椎動物に対しても様々な毒性を示すことが報告されている。しかしながら、詳細な作用メカニズムについては不明な点が多く残されている。
近年になってTBT、TPTが核内受容体アゴニストとして作用することが明らかとなるとともに、peroxisome proliferator-activated receptor (PPAR) γとretinoid X receptor (RXR)という異なった2つの受容体に対してnMレベルの濃度でアゴニストとして機能する、既知のPPARγリガンドおよびRXRリガンドとは大きく異なる分子構造を持つ、という特異な性状を持つことが明らかとなった。
本講演の前半では、有機スズ化合物が核内受容体アゴニストとしてどのような特徴を持つの明らかにする目的で、X線結晶構造解析およびレポーターアッセイにより有機スズ化合物とPPARγおよびRXRαとの結合様式の解明を行った内容について概説する。後半は、PPARγの慢性的な活性化が、胸腺を脂肪化・萎縮し加齢化を促進することが報告された事に着目し、TPTが胸腺の脂肪化・萎縮および免疫系に及ぼす影響について検討を行った内容を概説する。我々は、TPTがPPARγを介して胸腺の脂肪化・萎縮が促進することで、末梢においてリンパ球ポピュレーションを変化させ、免疫機能の加齢化を促進する可能性を見い出した。
以上の事から、有機スズ化合物は核内受容体アゴニストとして機能することで、毒性を発現していることが明らかとなった。したがって、核内受容体に着目した検討を行うことで、有機スズ化合物の毒性発現メカニズムの一端を解明できるのではないかと考えられる。