抄録
薬物誘発性肝障害は,医薬品開発における深刻な懸念事項の一つであり,ALTやAST等の古典的な肝障害マーカーは,臨床試験だけでなく,前臨床での毒性試験においても汎用されている.Hy's lawはヒトでの肝障害マーカーのカットオフ値であり,肝障害発現の判断基準として重症化を避けるために用いられている.一方,実験動物における公知のカットオフ値は報告がない.本研究では,毒性試験で汎用されるイヌ及びラットについて,統計学的手法に基づくカットオフ値の設定を試みた.in-house試験から抽出した516例の雌雄無処置ビーグルイヌ (3系統) を用い,6種の肝障害/機能マーカーを解析した.施設間で同一カットオフ値を使用できるように,マーカー測定値を各月齢の平均値に対するRatioに変換し,Mahalanobis distance (MD) における99%信頼区間をカットオフ値として次の結果を得た:AST, 150%; ALT, 194%; TBIL, 200%; ALP, 188%; TC, 147%; ALB, 86% (いずれも平均値比).また,既知肝毒性物質を投与した8例のin-houseイヌデータでは,複数のマーカーで肝臓の病理変化を伴った変動が認められ,カットオフ値の有用性が示唆された.ラットについては,Open TG-GATEsから抽出した5253例の雄Sprague-Dawleyラットを用い,10種のマーカーを解析した.マーカー測定値は対照群平均値に対するRatioに変換し,解析にはマーカーの性能評価で汎用されるReceiver operating characteristic (ROC) 曲線を用いた.その結果,AST及びALTが良好な精度を示し (最大0.91),最適カットオフ値は対照群平均値比で約120%であった.次に,93例のin-houseラットデータに本カットオフ値を適応したところ,大規模データと同等の性能を示し,妥当性が確認された.一方,ラットにおいてMDとROCのカットオフ値に乖離が認められ,手法間で肝障害の評価結果が異なることが示唆され,MDによるイヌのカットオフ値の妥当性は今後精査が必要と考えられた.以上より,標本数や解析手法に限界はあるものの,本研究で得たカットオフ値は,前臨床における肝障害評価において,施設間で統一された目安として有用と考えられる.