抄録
1997年に欧州医薬品評価委員会から非循環器用薬物による催不整脈リスクを回避すべく全ての医薬品について薬物誘発性心電図QT間隔延長に関する非臨床試験の実施を求める指針が公表されて以来、QTリスク評価はリード最適化研究の主要項目となり期待以上の効果を発揮してきた。しかし、一方でhERG チャネル阻害-QT延長-不整脈発現の間に相関のないケースの存在が指摘され始め、その解決策としてhERG チャネル直接的阻害以外の薬理作用[他のイオンチャネル電流(Nav1.5、Cav1.2、IKs及びIK1など)あるいは細胞膜へのチャネルのtrafficking阻害作用]の評価、種差及び個体差を払拭しうる評価系の構築が検討されている。さらに、イオンチャネル以外に心機能維持に重要な役割を担う細胞内イオン汲み出し機構、収縮機構あるいは心筋代謝機構への影響といったより広範囲な視点からの心毒性評価、あるいは上述した薬物群の種々の作用に過剰に反応する潜在的心機能リスクを有するヒトでの心毒性評価予測など、従来以上に包括的な心毒性評価の必要性が一層高まっている。
この状況を打開しうる新たな研究プラットホームとして最も期待されているのが、「ヒト幹細胞由来心筋細胞を用いた心毒性評価システム」の開発であり、既に疾患iPS由来心筋細胞の活用も含め世界的レベルで本システムの構築・検証研究が進められている。現在我々は、製薬協主催「ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム」を母体として、ヒト幹細胞由来心筋細胞を用い1)QT延長/催不整脈 2)収縮機能障害、及び3)心筋細胞毒性といった3つの観点から種々の心毒性リスクを包括的に評価しうる新たな評価系を探索し、各種試験系の応用性や既存評価系に対する優位性を実験的に比較検証する活動を推進している。今回、本活動の起点となった背景、最終目標及びこれまでに得られた結果について報告する。