抄録
アジア大陸や南米各地を中心として、地質由来の無機ヒ素が皮膚疾患や発癌などの深刻な健康被害を引き起こしている。近年では、胎児・乳児期のヒ素曝露による発癌増加も報告されている。ヒ素による発癌増加の動物モデルとして、自然発癌がみられる系統であるC3Hマウスの妊娠中の母親(F0)に無機ヒ素を投与すると、雄の仔(F1)が74週令で対照群と比較して高率に肝癌を発症することが報告されている。私たちは先にこの実験系において、ヒ素投与群のF1雌雄を交配して得られたF2雄が、対照群と比較して高率に肝癌を発症することを報告した。本研究では、ヒ素投与群F2雄の肝癌増加が、F1雌雄のいずれに由来するかを検討した。
対照群および妊娠期ヒ素投与群F0から得られたF1雌雄を以下の組み合わせで交配した:対照群雄x対照群雌(CC群)、対照群雄xヒ素群雌(CA群)、ヒ素群雄x対照群雌(AC群)、ヒ素群雄xヒ素群雌(AA群)。得られたF2雄マウスについて、約80週令で肝臓の癌発生率を観察し、また癌組織のHa-ras変異をPyrosequence法によって測定した。
CC群、CA群、AC群、AA群F2の肝癌発生率はそれぞれ35%、36%、49%、45%で、F1雄が胎児期にヒ素曝露を受けた場合にF2で肝癌が増加することが示された。AC群+AA群の癌発生率はCC群+CA群と比較して統計的有意に高かった。一方、私たちの先の研究ではCC群と比較してAA群の癌組織に高率にHa-ras変異が見つかったが、今回の実験ではAA群癌組織でのHa-ras変異の増加は再現されなかった。
以上の結果から、妊娠期ヒ素曝露を受けたF1雄の生殖細胞がF2において肝癌を増加させることが示された。この現象を理解するための分子機序の解明が今後重要である。