日本毒性学会学術年会
第41回日本毒性学会学術年会
セッションID: SA1
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奨励賞
環境中・生体内代謝過程における化学物質の毒性獲得機構とその制御
*岡本 誉士典
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抄録
われわれの生活環境中に存在する様々な化学物質には,環境中あるいは生体内で構造変化を受けて遺伝毒性を獲得するものがある.これまでにわれわれは,化学物質が示す遺伝毒性と化学構造との関連性について明らかとしてきた.また,それらの毒性発現に重要な構造部分を化学的に不活化し,より安全性の高い新規化合物の創出にも成功している.本発表では,1)代表的化学発がん物質であるジメチルベンズ(a)アントラセン(DMBA)および2)乳がん治療薬として使用されているタモキシフェン(TAM)による発がん機構とそれらに対する防御戦略について述べる.

1)がん組織は多様な細胞集団であり,この多様性を支える背景には「がん幹細胞」の存在が考えられる.このがん幹細胞の形成には「幹細胞のがん化」が指摘されており,がん幹細胞形成機構の解明はがんの予防あるいは治療を発展させるうえで重要である.本研究では,幹細胞が発がん性化学物質に曝された時の防御応答について解析した.DMBAはマウス胚性幹細胞(mESCs)に対して用量依存的にDNA付加体形成を誘発し,同時にコロニーの形成不良(細胞増殖不良)を引き起こした.一方,DMBAと同じ母核を持つ3-メチルコラントレン(3-MC)ではDNA付加体は検出されず,細胞増殖にもほとんど影響を及ぼさなかった.したがって,DMBAによる細胞増殖不良はDNA付加体形成に起因するものと考えられる.この時,多能性マーカー発現はDMBA処理により減少し,p53-p21経路は活性化していた.以上のことから,mESCsはDNA損傷に応答してp53依存的に細胞増殖を停止し,その結果,多能性を喪失していると考えられる.今後,がん幹細胞を含めた幹細胞の恒常性維持機構を明らかとすることにより,がんの予防あるいは治療へと展開したい.

2)乳がん患者に対する長期TAM投与は子宮内膜癌などの深刻な副作用を引き起こす場合がある.これにはTAMによるDNA損傷およびエストロゲン様作用に起因している.そこで,TAMによるDNA付加体形成に重要な構造部分を化学修飾し,安全性の高い新規乳がん治療薬候補化合物を合成した.これらの化合物はTAMとは異なり,ラットに対する遺伝毒性およびエストロゲン様作用を示さなかった.また候補化合物は,各種乳がんモデル動物に対してTAMおよび乳がん予防薬ラロキシフェン(RAL)よりも高い抗腫瘍活性を示した.これらの結果から,本化合物は安全性の高い乳がん治療・予防薬の候補であると考えられる.また,本研究は化学構造を最適化することによって医薬品による発がんリスクを低減できることを示している.

以上のように,幹細胞の発がん応答という生物学的アプローチと発がん物質の構造修飾という化学的アプローチを統合することにより,化学発がんに対する新たな防御戦略の提案が可能になると考えられる.
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© 2014 日本毒性学会
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