日本毒性学会学術年会
第41回日本毒性学会学術年会
セッションID: GA
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学会賞
医学・分子生物学・システムバイオロジーとの融合による毒性学の最適化とリスク評価への応用:GenomicsからPhenomicsへ
*菅野 純
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抄録
 広義の医学には、ご存じのとおり、二つの面がある。不幸にして発病してしまった患者の救済のための「個別治療」と、健康なヒトの集団からの発病数・発病率を上げない、あるいは下げるための「集団治療」である。後者を「集団治療」と呼ぶのは一般的でも論理的でもないが、疫学+公衆衛生学+労働衛生学+予防医学+...の複合分野の総体を表す言葉が他には俄かに思いつかなかったので、お許しいただきたい。
 毒性学はこれら「個別」と「集団」の治療の全てに深くかかわる複合領域であることは確かであり、近年の分子生物学の進歩がin vivoに於けるGenomics研究を飛躍的に促進したことにより、益々、毒性学の関与が深化してきたと実感される。
 演者は、発がんプロモーション作用(今で言うエピジェネティク作用)を興味の主対象に皮膚メラノサイトや甲状腺の発がん実験を手掛け、そこから内分泌かく乱化学物質問題に関わり、受容体原生毒性(シグナル毒性)、Percellome トキシコゲノミクスProjectによる網羅的遺伝子発現ネットワーク解析による毒性予測へと対象を広げてきた。その過程で、特に内分泌かく乱化学物質問題の際に、物議をかもしたのが「生物学的蓋然性(biological plausibility)」の概念である。生命科学一般には馴染むこの概念は、規制決定に関わる毒性評価システムにはそうではなかった様である。現在OECDなどで取り上げられているAOP(Adverse Outcome Pathway)は内分泌かく乱化学物質問題のアプローチを手本に、それを一般化しようという試みと理解できよう。蓋然性は、不安や危惧に根ざした当てずっぽうではなく、科学的知見からの演繹に基づく明白な妥当性があることを指す。これを毒性学的に裏返せば、毒性試験が正しく行われたことを判断出来てデータが読めることのみならず、使用した試験プロトコールの限界が把握できること、に該当すると思われる。ナノマテリアル毒性研究は、既存の異物・粉体毒性の限界に対処するための実施可能な工夫を模索する過程であり、蓋然性の延長に位置するものとこじつけることが出来よう。
 「個別」と「集団」の現場の所見から、分子生物学とシステムバイオロジーの助けを借り、モデル系の解析などを通して、毒性学的生体反応を分析し、蓋然性を尊重しつつGenomicsから再びPhenomicsを導出することで、毒性評価の更なる最適化とリスク評価の精度の向上が達成されると考える。これらが、患者のみならず健康なすべての人々(消費者、労働者、製造者を含む)の安全安心と健全な活動の維持に貢献する要因を含んでいれば幸甚である。
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© 2014 日本毒性学会
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