抄録
[背景] インジウム・スズ酸化物(ITO)は、薄型ディスプレイやタッチパネル・太陽電池などの透明電極原料に用いられており、近年急速に需要が高まっている。一方、ITO製造に係わる作業者の肺障害が報告されるなど、ITO吸入による健康影響が注目されている。しかしながら、これまでナノサイズのITO粒子の生体への影響に関する報告は皆無であった。そこで、本研究では、ITOナノ粒子の細胞への影響を解析し、ITOナノ粒子の吸入によって生じる生体への影響を評価した。
[方法] 段階的遠心分離によって調整したITOナノ粒子分散液をA549細胞(ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞)に曝露し、一定時間経過後の細胞への影響を評価した。
[結果・考察] ITOナノ粒子がA549細胞に及ぼす影響を評価したところ、細胞毒性が低い物と高い物が見出された。ITOナノ粒子から培養液中へのインジウムおよびスズの溶出は微量なものであったのに対し、A549細胞存在下ではインジウムおよびスズの溶出が認められた。これは、ITOナノ粒子がA549細胞に取り込まれ、細胞内で可溶化していることを示すものと思われる。毒性の低いITOナノ粒子では、ミトコンドリア活性阻害能、細胞膜損傷性、炎症誘発性はほとんど認められなかった。一方、毒性の高いITOナノ粒子は、細胞内に多量に取り込まれ、活性酸素種の産生を促進すると同時に、DNA損傷を引き起こし、細胞の増殖能を阻害することが見出された。また、InCl3およびSnCl2のA549細胞に対する影響は微細なものであったことからこのことから、細胞内に取り込まれたITOナノ粒子が可溶化し、細胞内にインジウムが蓄積することにより細胞への影響が増大することが示唆された。このことからITOナノ粒子の中には、細胞毒性および遺伝毒性を示す物があり、吸入曝露により肺障害を引き起こす可能性があると考えられる。