日本毒性学会学術年会
第42回日本毒性学会学術年会
選択された号の論文の457件中1~50を表示しています
年会長招待講演
  • 衞藤 光明
    セッションID: IL-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    【水俣病の研究史概要】
     水俣病の公式発見は、新日窒病院の細川一院長と野田兼喜小児科医長が、1956年5月1日に「原因不明の中枢性疾患が多発した」ことを水俣保健所に報告した時とされている。細川一院長は69歳の時に肺癌で死亡した。ネコ実験を共にした小嶋照和医師の話では、細川一院長はヘビースモーカーであったとの事である。彼らは工場内のアセトアルデヒド作成過程から排出される廃液を使用した10匹のネコ実験を行った。ネコ実験No. 717の剖検臓器(脳、肝、腎)が、1968年に熊本大学医学部の武内忠男教授に送られた。1999年に熊本大学医学部に保管されていた臓器を国立水俣病総合研究センターで再検索して報告した。1) これは細川ネコ実験が国際的に公表された唯一つの論文である。
     熊本大学医学部の武内忠男教授は、奇病発生以来、一貫して水銀中毒を疑い、ドイツ語で書かれた書物 2) が1958年に出版されたのを機に、水俣奇病の原因が水銀中毒である事を確信した。その中には有名なハンター・ラッセル症候群を呈す、ジメチル水銀中毒症の一例の剖検例の記載があった。その症例は、劇症型水俣病の剖検例と脳病変が酷似しており、水俣病がある種の有機水銀中毒であることが、熊本大学第一次水俣病研究班の統一見解となり、その成果が邦文3) および英文4) で出版された。
     1968年に工場からの排水が停止され、水俣病は政府統一見解で、工場排水によるメチル水銀が魚介類に蓄積され、それを摂食し、主として神経系病変をもたらす中毒性疾患である事が判明した。水俣奇病の原因が解明されてから、しばらくの間研究が中断されていたが、武内忠男教授を班長とする、熊本大学医学部水俣病第二次研究班が1971年に結成され、その成果は青林舎の「水俣病」に記載されている。5) その後水俣病に関する熊本大学医学部の剖検例450例を英文で出版した。6)
     上記英文論文出版後に、真の水俣病の原因の解明は西村肇・岡本達明によってなされ、1951年8月に従来使用していた助触媒の二酸化マンガンを硫酸第二鉄に変更したために、メチル水銀が工場内で多量生産され、1968年まで直接水俣湾に排出されていたことが判明した。7)
     その後、水俣湾のメチル水銀汚染魚介類の水銀値は激減したが、多数の軽症水俣病の生存者が死後剖検されて水俣病病変が認められたが、排水停止までの、メチル水汚染魚介類摂取による後遺症と考えられるに至った。
    【水俣病の神経病理学的研究】
     熊本大学医学部病理学第二講座における水俣病関係の剖検症例は、2005年までに450例あり、臨床的に水俣病と診断された42例の中に水俣病病変を認めない2例が含まれていた。また、水俣病の疑いとされた408例の中で、剖検後に水俣病病変を認めた症例が162例あり、246例には水俣病病変を認めなかった。
     一方、新潟大学脳研究所における剖検例では、臨床的に水俣病の診断が25例なされ、その中の2例には水俣病病変を認めなかった。また、水俣病の疑いとされた5例の中の1例に水俣病病変が確認され、4例には水俣病病変は認めなかった。
    熊本大学医学部の症例を成人型、小児型、胎児型に分類し、さらに詳述すると、急性型6例、亜急性型6例、重症長期経過型9例、軽症長期経過型15例、発症不明型156例になる。小児型は5例、胎児型は5例であった。
     急性型の特徴は、大脳も小脳も浮腫状病変が認められ、これはコモン・マ-モセットの実験でも証明された。8) 9) この実験により、大脳病変は、深い脳溝周囲皮質に選択的傷害の局在性が見られる事を実証出来た。武内忠男教授らは、大脳全体の脳浮腫により、深い脳溝周囲皮質の循環障害が出現し、低酸素、低グルコース環境下で、神経細胞が傷害されるという仮説をたてた。その後、2010年に入って、鍛冶利幸教授らの研究グループによって、その分子基盤を構成するヒト脳微小血管内皮および周皮細胞に対するメチル水銀の毒性発現が明らかにされ、メチル水銀による脳浮腫のメカニズムの解明は大きく前進した。10)
     小児型の剖検例は全て重症であり、大脳、小脳共に広範囲に病変を来たし、長期生存例で海綿状態を示す選択的傷害の局在性病変が認められた。胎児型は基本的に神経組織の発育障害であり、胎児期には脳溝が殆ど見られず、大脳全体に病変を認め、成人型、小児型の様な選択的局在性病変は呈していなかった。また、海綿状態は確認されていない。
     水俣病患者では胎児型を除く、大脳の後頭葉鳥距野、中心後回、中心前回、横側頭回の選択的病変に加えて、末梢感覚神経病変が認められる。実験動物によっては末梢神経病変を認めないものもあるが、コモン・マーモッセトのメチル水銀中毒実験で、大脳、小脳病変と共に末梢感覚神経病変を認めた。コモン・マーモセットのメチル水銀中毒実験が、水俣病患者に認められる神経系病変への外捜に最適と考える。
     水俣病剖検例の全てに、末梢感覚神経病変が認められており、中心後回の病変に由来する全身性感覚障害に加えて、水俣病に特徴的な四肢末端優位の感覚障害が見られる。
     メチル水銀中毒症における初期の末梢神経傷害は、軸索傷害であり、髄鞘は良く保たれている。9)  この傷害機構が未だ解明されていない。また、末梢感覚神経は破壊された後、再生してくる。この再生神経線維の機能回復がなされれば、感覚障害は寛解ないし消失するであろう。
     水俣病患者の中枢神経病変の恢復は困難かもしれないが、末梢感覚神経機能の改善はなされる可能性がある。

    【文献】
    1) Tohoku J. of Exp. Med.194, 197-203 (2001)
    2) Handbuch der Speziellen Pathologischen Anatomie und Histologie, Springer-Verlag (Berlin-Goettingen-Hiderberg) (1958)
    3) 水俣病―有機水銀中毒に関する研究。熊本大学医学部水俣病研究班編 (1966)
    4) Minamata Disease. Kumamoto University Study Group, Shuhan Co. (1968)
    5) 水俣病―20年の研究と今日の課題。有馬澄雄編、青林舎(東京)(1979)
    6) The Pathology of Minamata Disease―A tragic story of water pollution.
    ed. by Kyushu University Press, INC (Fukuoka) Japan (1999)
    7) 水俣病の科学。日本評論社(東京)(2001)
    8) Toxicol. Pathol. 29, 565-573 (2001)
    9) Toxicol. Pathol. 30, 723-734 (2002)
    10) J. Toxicol. Sci. 38, 837-845 (2013)
  • 児玉 龍彦
    セッションID: IL-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    福島原発事故後、放射性物質による環境汚染に、南相馬、浪江、楢葉の3つの自治体の除染と環境回復の取り組みを支援している。最新のゲノム科学をふまえ、こどもと妊婦をまもり地域の復興のため進めてきた、11年の幼稚園の除染、12年度コメの全品検査機の開発、13年度常磐自動車道の開通、14年度サカナの検査機の開発、15年度放射能汚染廃棄物のリサイクル焼却場の建設支援など現地の状況を報告する。
特別講演
  • Kurt STRAIF
    セッションID: SL1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    The IARC Monographs identify causes of cancer in the human environment, including chemicals, mixtures, personal habits, drugs, biological and physical agents. Since its inception in 1971 the Monographs programme has evaluated over 950 agents, with more than 100 classified as carcinogenic to humans and over 300 as probably or possibly carcinogenic to humans. The process of causal inference used for IARC’s evaluations is laid out in the Preamble to the Monographs. International Working Groups of invited experts evaluate human, animal and mechanistic evidence and reach a consensus evaluation of carcinogenicity for each agent. First, human and animal cancer data are evaluated separately, with the weight of the evidence for causation being categorised as Sufficient, Limited, Inadequate, or Suggesting lack of carcinogenicity. For the overall evaluation of carcinogenicity, the Working Group considers the totality of the evidence and assigns agents to one of 5 causal groups: 1 Carcinogenic to Humans; 2A Probably carcinogenic to humans; 2B Possibly carcinogenic to humans; 3 Not classifiable as to carcinogenicity to humans, or 4 Probably not carcinogenic to humans. Mechanistic evidence has an increasing role in overall evaluations; it can be invoked to upgrade an evaluation, or, alternatively, strong mechanistic evidence for the absence of a relevant mechanism in humans can downgrade an evaluation based on animal cancer data. The Monographs’ evaluations constitute hazard identification, but the Preamble has scope for characterising risk quantitatively. The presentation will give an overview on strategic directions of the Monographs programme and use some recent evaluations to illustrate procedures.
  • Kay A. CRISWELL
    セッションID: SL2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    Translating nonclinical data and observations into possible clinical outcomes can make the drug development process more efficient and cost-effective. Additionally, translation allows a better understanding of drug toxicities and human relevance, which aligns with the heightened regulatory emphasis on the delivery of safer medicines with fewer side effects. Despite enhanced efforts to understand and derisk targets for potential safety issues, cardiovascular toxicity, hepatotoxicity, and nephrotoxicity continue to halt clinical trial progression and contribute to post-marketing withdrawals of new medicines. Even areas of expected high translation from preclinical to clinical outcomes such as hematotoxicity continue to cause > 10% clinical attrition. This presentation will focus on translatability of biomarkers and models in these four high areas of attrition and highlight new models and assays that may enhance translation. Safety risks associated with other target organs occur less frequently, but also remain problematic in drug development. A few examples of exploratory preclinical models in areas that demonstrate known gaps in translation, such as testes toxicology, will also be covered. Translation of preclinical toxicology findings remains pivotal in drug development. It allows us to answer two key questions surrounding the relevance of preclinical results: (1) How can we guard against drug-induced injuries seen in the clinical but not in preclinical toxicology and (2) How can we continue to advance development of good drugs that show toxicity in animals that are not expected to be present or relevant in humans?
  • 川上 浩司
    セッションID: SL3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    医療の進展おいて、ある治療法や看護法がどの患者のどのような状況で有用なのかを観察研究によって評価し、そこで得られた仮説をもとに当該治療を介入とした新規の臨床研究計画を策定し、ランダム化比較試験(randomized control trial; RCT)が実施される。古典的には、このような臨床試験の結果や、さらにそれらの集積としてのメタアナリシスによってエビデンスレベルの高い結論が得られ、エビデンスに基づいた医療(EBM)が実践されるとされてきた。昨今、IT技術の進歩などにより、診療情報を臨床研究に使用することができるような仕組み、レセプト情報や薬剤調剤情報DPCデータなどのデータベースが整備されつつある。そのために、介入を伴う臨床試験を実施せずとも、観察研究デザインでの質の高い疫学研究で、安価かつ迅速により多くの情報が得られるようになってきた。このような研究は医療の向上のみならず、医薬品等の安全性の担保や産業への還元にも役立っている。さらに、医療の提供において、同様の効果がある場合における費用対効果の検討も重要な検討領域となっている。これは計量経済学的手法を疫学と組み合わせて実施され、各国の医療政策においてもきわめて注目されている。本講演ではこれらを概説する。
  • 大江 知行
    セッションID: SL4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    【背景】タンパク質・DNAは、環境汚染物質・薬などの外因性化合物、病態関連の生理的・化学的ストレスにより様々な化学修飾を受ける。これらの修飾をマーカーとして用いる研究は、毒性学分野では『molecular dosimetry研究』とも呼ばれるが、分析ターゲットの設定・方法論構築は容易でない。例えば、修飾DNAは100万個に数個程度の頻度であり、感度・選択性が要求される。一方修飾タンパク質も、既存のタンパク質解析法が『群盲象を評す(抗体=エピトープのみの認識、質量分析=断片化したペプチドの測定)』であり、見落としが多い。しかしタンパク質上の修飾は、酵素的な修飾(リン酸化など)と同様、高次構造・活性変化を惹起するため、molecular dosimeterのみならず病因物質となる可能性もあり、その解析は極めて重要である。そこで私の研究室では、タンパク質上の修飾を網羅的・徹底的に解析する『化学修飾オミクス(2009, J. Mass Spec. Soc. Jp., 57, 167他』を展開し、バイオマーカー探索を行っている。
    【講演内容】①環境汚染物質によるDNA付加体の研究(1999, Chem. Res. Toxicol., 12, 247他)、②アルブミンを『生体内イベントの記録媒体=分子カルテ』と考えた酸化・糖化・脂質化修飾の同時解析(2013, Anal. Bioanal. Chem., 405, 7383他)、③アルブミン上の薬物修飾解析による潜在的副作用スクリーニング(2014, Anal. Biochem., 449, 59他)、④表皮角質層タンパク質ケラチンの化学修飾解析による非侵襲的皮膚状態評価法(2011, J. Proteomics, 75, 435他)、⑤生理活性・病因ペプチドの化学修飾と構造・活性変化の研究(2013, Anal. Biochem., 437, 10他)などを紹介予定である。
  • 神谷 研二
    セッションID: SL5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
     2011年3月11日に福島第一原発事故が起きて4年が経過した。環境中には大量の放射線物質が放出され、未だ住人の避難が続いている。放出された放射性物質からの低線量・低線量率放射線被ばくによる健康影響が危惧されている。原発事故の健康影響を推定する基本は、住民の被ばく線量の評価であるが、その概要が徐々に明らかにされている。第18回福島県「県民健康調査」検討委員会では、住民約44.8万人の事故後4ヶ月間の外部被ばく線量の推計結果が報告された。県全体では93.9%が2mSv未満であり、最大値25mSv、平均値0.8mSvである。福島県が実施した約24万人のWBC検査の結果では、99.9%が1mSv未満で最大値3mSvが2名である。甲状腺の線量については十分な測定データがないが、現在まで報告されている実測値は50mSv以下である。国連科学委員会は、この様に報告された資料を基に、福島原発事故による住民の被ばく線量と健康影響を評価した。それによると、被ばく線量が最も高くなる1歳児(福島県)の事故後1年間の実効線量は2.0-7.5mSv、甲状腺吸収線量は33-52mGyとした。その結果、健康影響では、「チェルノブイリ事故後のように実際に甲状腺がんが大幅に増加する事態が起きる可能性は無視することはできる。白血病,乳がん,固形がんについて増加が観察されるとは予想されない。」とした。
     放射線被ばくの健康影響に関しては、原爆被爆者の長期疫学調査が最も精度の高い情報を提供している。このデータでは、被ばく線量の増加に伴い発がんリスクが直線的に増加することが示されている。国際放射線防護委員会は、この様なデータを基に放射線防護のためにLNTモデルを提唱している。しかし、福島原発事故で必要な低線量域や低線量率の放射線の発がんリスクは、科学的には十分解明されていないのが現状である。例えば、ヒトがんの発生に線量率効果が認められるか否かは明確でない。この様な科学的不確実性が福島原発事故で影響を受けた人々の健康に対する不安を余計に増強している点があり、早急な科学的解明が求められている。
教育講演
  • 浅見 忠男
    セッションID: EL1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    農薬を使わない農業は可能か?と問われれば人口減を許容するのであれば可能と答えるが、農薬を使わないで現在の地球上の人口を支えていくことは可能か?と問われれば答えは不可能と答えざるをえない。農薬は現在の農業生産を支えている必須の農業資材であり、我々の基本的な生存を可能にしているのであるが、なぜか軽視されているどころか無い方が良いとの考え方が一般的には強いように思われる。同じような化合物でありながらその扱いは医薬とは大きく異なる。人類が農業を初めて以来、病害虫や雑草の被害を減らし収量を確保することは重要な課題であったために、古い著述のなかにもイオウを処理したりトリカブトを使ったりとその工夫の痕跡が見られる。その工夫と努力の積み重ねの結果が現在の農薬である。日本でも食糧需給が逼迫していた戦後は、農薬工場の門前に農業従事者や問屋が行列を作って出荷を待ち望んでいたとの逸話を農薬会社勤務時代に聞いている。農薬は日本国内における製造と使用についてもコンセンサスと法律が共に定まっているだけでなく、近い将来の世界市場規模は7兆円と予測されている成長産業分野でもある。今回、なぜ農薬が使われる様になってきたのか、またなぜ悪く言われるようになってきたのかについて歴史を振り返りつつ、現在の農薬にまつわる話題について触れてみたい。また将来、地球規模での問題解決のために分野を超えた新しいテクノロジーの開発が求められており、植物の能力を高める新しいバイオテクノロジーと農薬を含む化学物質を組み合わせた農業技術は有力な選択肢の一つであると考えている。農薬は基礎技術の総合的な成果でもあることから、今後世界的規模での大学等による基礎研究や企業との連携による関連研究を総合して新しい農業技術の実用化研究行い、食料・エネルギー・環境問題を克服しつつ食糧の安定供給を確保することが重要であろう。
  • Thomas J. HUDZIK
    セッションID: EL2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    Recent changes in regulatory policy have mandated that all new pharmaceuticals be evaluated for the potential for abuse. These changes have largely come about in response to increases in overdose deaths noted in the US primarily, but also in other geographic regions. The evaluation of abuse potential can be as simple as a careful assessment of brain penetration of the drug, defining secondary pharmacology, in addition to an understanding if the drug produces behavioral effects in preclinical species as well as in clinical trials. If signals for central nervous system activity are noted, a series of assays, can be employed to better understand whether the new drug produces effects similar to know drugs of abuse, is rewarding when it is administered, and whether repeated administration of the drug will produce physical dependence – characterized by a withdrawal syndrome. The assay for detecting similarity to known drugs of abuse is a Drug Discrimination Assay, in which animals a trained to detect whether they have been administered drugs. For measuring rewarding effects, IV self- administration procedures can be employed, and specific tests for physical dependence are conducted. If indications of abuse potential are noted in the preclinical assays, implementation of human clinical trials to address abuse potential may occur. These assays will be described in detail in the current lecture, enhanced by examples from the scientific literature.
  • 山本 一彦
    セッションID: EL3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    生体は自己の抗原とは反応しないという、免疫寛容のシステムを有しているが、これが破綻すると自己免疫現象、自己免疫疾患が惹起される。免疫寛容の破綻の詳細は明らかでないが、1)隔絶抗原の免疫系への提示、2)分子相同性、3)自己の抗原の修飾、4)樹状細胞の活性化、5)制御性T細胞の機能障害など、様々なメカニズムが考えられている。そしてこれらのメカニズムの背景には、遺伝要因と環境要因が複雑に影響しあっているとされている。
    本講演では、自己免疫疾患の一つである関節リウマチ(rheumatoid arthritis, RA)を例にとり、その免疫寛容の破綻について考察したい。RAは、自己免疫応答に起因する慢性炎症性病態が複数の関節に生じて、進行性の破壊性関節炎にいたる病態である。RAの発症に遺伝的な背景があることは、疾患の多発家系が存在すること、一卵性双生児における発症の一致率が高いことなどから示唆される。遺伝要因の最大のものはHLA-DR遺伝子であり、遺伝要因の10-30%を説明可能とされている。それ以外の遺伝要因として最近のゲノムワイド関連解析で約100程度の遺伝子多型が明らかになっている。環境要因としては、性ホルモンや喫煙、感染などが挙げられているが、最近では喫煙がもっとも注目されている。
    RAにおけるもっとも特異性の高い自己抗体は抗シトルリン化蛋白抗体(ACPA)である。ACPAは発症前から認められることが多いので、シトルリン化蛋白に対するトレランスの破綻が発症前より起こっていると考えられている。環境因子である喫煙との相互作用に関して、喫煙者の気管支肺胞洗浄液ではシトルリン化酵素(PAD、遺伝子はPADI)の発現とシトルリン化蛋白の増加が見られることから、喫煙がシトルリン化された自己抗原に対する免疫応答を誘導している可能性が示唆されている。HLA遺伝子多型、PADI遺伝子多型と、免疫寛容の破綻についても考察したい。
シンポジウム1 ヒトiPS細胞技術の薬剤安全性評価応用に向けた研究動向
  • 宮本 憲優
    セッションID: S1-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    “ヒトiPS細胞由来分化心筋・肝臓・神経細胞を用いた各種安全性評価技術について、新規医薬品開発への応用可能性を実験的に検証し、将来的展望も含め実用に向け世の中に提言する”目的で、2013年7月8日、“ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム(CSAHi)”が発足した。本コンソーシアムでは、日本製薬工業協会加盟企業28社と安全性試験受託研究機関協議会加盟企業8社、計36社がメンバーとして、“心筋チーム”、“肝臓チーム”、“神経チーム”及び“細胞性状解析チーム”の4チームに分かれ共同研究を実施している。共同研究は各社予算に基づき、24社にも及ぶ協賛企業の助けを借りながら研究を進めている。また、国立医薬品食品衛生研究所薬理部(NIHS)、大阪大学、京都大学iPS細胞研究所からアドバイザリー委員の先生をお招きし、議論に加わっていただきながら2016年3月での目標達成を目指している。
    2013年7月、CSRC/HESI/FDA Meeting において、ICH E14ガイドライン(非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価)の2015年7月での廃止、ICH S7Bガイドライン(ヒト用医薬品の心室再分極遅延(QT間隔延長)の潜在的可能性に関する非臨床的評価)の2016年7月での改定が提案され、米国ではComprehensive in vitro Proarrhythmia Assay (CiPA)が、日本ではNIHSが中心となり厚生労働科学研究「ヒトiPS細胞由来心筋細胞による催不整脈作用予測性の検証試験(JiCSA)」が立ち上がり、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた検証試験が進められている。本シンポジウムでは、CSAHiの進捗報告に留まらず、CiPA及びJiCSA代表にも進捗をお話いただき、各団体が連携した世界動向も含め紹介する。
  • 高砂 浄
    セッションID: S1-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    新薬開発失敗要因の上位を占める副作用は多岐に亘るが、今や肝毒性を抜いて心毒性が研究開発~上市後の何れのステージにおいても20~30%近くを占める。その心毒性の内訳としては、特に1997年以降世界的に注目された適応症・治療標的を問わず幅広い領域の薬剤に共通して確認されたhERG K+チャネル阻害を介した心電図QT延長を伴う致死性不整脈(TdP)が全体の3割を占めるが、残り7割はhERG K+ チャネル直接阻害以外の機序による不整脈、冠動脈疾患、心不全、あるいは心筋虚血/壊死など、現状の心毒性評価戦略では予測対応できていない心毒性であることを改めて認識する必要性が指摘されている。また、潜在的QT延長/催不整脈リスクを有する薬剤群の市場からの撤退及び開発回避に多大な貢献をしてきた世界共通ガイドラインS7B及びE14に関しても、推奨surrogate markersであるhERG チャネル阻害/QT延長作用が的確に不整脈誘発活性を予測できていない現状を懸念し、当該評価戦略の見直しが開始されている。 
    これらの状況を打開しうる新たな研究プラットホームとして現在最も期待されているのが、「ヒト幹細胞由来心筋細胞を用いた心毒性評価システム」の開発であり、既に疾患iPS由来心筋細胞の活用も含め産官学共同・世界的レベルで本システムの構築・検証研究が進められている。現在我々は、「ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム (TF2-C): CSAHi」を母体として、ヒト幹細胞由来心筋細胞を用い1)QT延長 2)催不整脈 3)収縮機能障害、及び4)心筋細胞毒性といった4つの観点から種々の心毒性リスクを包括的に評価しうる新たな評価系を探索し、各種試験系の応用性や既存評価系に対する優位性を実験的に比較検証する活動を推進している。今回、昨年の発表に引き続き新たに得られた成果を紹介する。
  • 荒木 徹朗, 井上 智彰
    セッションID: S1-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
     医薬品研究開発においてヒト初代培養肝細胞は,ヒトにおける薬物代謝および肝毒性リスクを評価するために広く使われてきた。しかし,同一ロットの供給に限りがある点や,ロットによって性状や機能が大きく異なる点,培養に伴い肝機能が急激に低下する点などが問題視されてきた。また,肝臓における薬物代謝能は,SNPsのような遺伝的要因や,年齢や生活歴などの非遺伝的要因によって個人差が大きいことが知られている。したがって,単一ロットのヒト初代培養肝細胞による評価では,ヒト集団全体における薬物代謝や安全性を必ずしも担保できないのが現状である。近年,ヒトiPS細胞由来肝細胞が市販されるようになり,同一ロットの安定供給や,複数ロット評価の簡便化,再現性の向上などに期待が集まっている。本コンソーシアムの肝臓チームではこれまで,薬物代謝および毒性評価における,ヒトiPS細胞由来肝細胞の有用性および問題点を提示することを目的に,3種類の市販ヒトiPS細胞由来肝細胞について評価を行った。その結果,市販ヒトiPS細胞由来肝細胞の主要CYP活性はヒト初代培養肝細胞に比べて極めて低く,遺伝子発現レベルでの性状もヒト初代培養肝細胞とは異なっていることを明らかにした。しかしながら,対照としたヒト初代培養肝細胞の例数が少なく,その機能および性状の基準については情報が十分でなかった。今回我々は,医薬品研究開発,特に薬物代謝および毒性評価で用いられている,市販ヒト初代培養肝細胞の機能や性状の数値情報について調査を行った。この調査結果が,薬物代謝および毒性評価に使用するヒトiPS細胞由来肝細胞が有するべき,機能と性状の参考とされることを期待する。さらに,ヒトiPS細胞由来肝細胞研究や代謝個人差研究の現状についても調査を行った。本講演では,これらの調査結果を元に,ヒトiPS細胞由来肝細胞を医薬品研究開発に用いる上での今後の課題について議論したい。
  • 板野 泰弘
    セッションID: S1-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    医薬品による副作用の中で中枢神経系副作用は重篤性が高く、かつ非臨床試験からその発現を予測することが困難であるため(J. Toxicol. Sci. 2013)、臨床でのCNS副作用を的確に予測できる非臨床評価法の確立は、製薬企業にとって極めて重要な課題である。現在、一般的に用いられているCNS副作用の非臨床評価法は、in vivo試験としてはFOB法やIrwin法が主であり、in vitro試験としては初代培養神経細胞等の動物由来標本(主にラット)を用いた評価が中心となっている。しかし、いずれも種差の課題がありヒトでのCNS副作用の予測性は高くない。
    このような状況下、近年、ヒトiPS細胞から神経細胞の分化誘導が可能となり、ヒト神経細胞を用いた安全性評価系にCNS副作用評価ツールとしての期待が高まっている。
    そこで「ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム」神経チームは、市販ヒトiPS細胞由来神経細胞が成熟神経細胞としての特性を有しているか検証するために、神経細胞特異的細胞死の1つであるグルタミン酸受容体を介した興奮毒性に着目した検討を行った。
    上記活動と並行して、厚生労働省が作成した重篤副作用疾患別対応マニュアルに記載されているCNS副作用について調査を行い、ヒトiPS細胞由来神経細胞の安全性評価としての応用が期待されるCNS副作用として痙攣・てんかんに着目した。これを受けて、神経細胞の自発性興奮を指標に、ヒトiPS細胞由来神経細胞の電気生理学的検討に着手した。
    同マニュアルには末梢神経障害も取り上げられている。抗がん剤投与時に認められる薬剤性末梢神経障害がその代表例であるが、iPS細胞は中枢神経のみならず末梢神経の安全性評価への応用も期待されている。そこで、薬剤性末梢神経障害を念頭に置き、ヒトiPS細胞由来神経細胞を用いて神経突起を主とした形態学的影響の検討にも着手した。
    本発表では、「ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム」神経チームの発足から現在に至るまでの活動成果を報告する。
  • 篠澤 忠紘
    セッションID: S1-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    ヒトiPS細胞由来分化細胞は、株化細胞に比べ生体に類似した多くの複雑な機能を有する一方で、遺伝情報が同一であり、様々な細胞種を大量に入手できることから、in vitroにおける薬剤安全性評価への有用性が期待されている。これに伴い、既に複数の企業からヒト幹細胞由来心筋細胞、肝細胞及び神経細胞などが販売されることになり、いよいよ薬剤安全性評価応用という面で研究か加速していると思われる。ただし、同細胞は、株化細胞などのこれまで広く利用されてきた細胞種と異なり複雑な機能を有することから、安定的で信頼性のある試験データを得るためには、使用する細胞性状の理解が必要であると考えられる。即ち、利用する細胞の安定性や培養方法の最適化、異なるベンダーに由来する各々の細胞の特徴の理解が必要である。『ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム』では、市販のヒト幹細胞由来機能細胞を性状解析し、生体機能との類似性や培養条件による性状変化、または施設間差やロット間差などについて、網羅的遺伝子発現解析を実施している。現在、心筋、肝臓及び神経チームより合計で120サンプルを収集し、実験は協賛企業の協力のもと一般財団法人化学物質評価研究機構で実施された。本シンポジウムでは、細胞性状解析に関する活動内容と、ヒト幹細胞由来心筋細胞、肝細胞及び神経細胞の遺伝子発現プロファイル結果を開示すると共に、各種細胞の性状理解について言及したく考えている。
  • 関野 祐子, 諫田 泰成
    セッションID: S1-6
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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     オールジャパン体制でのヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)研究への取り組みの中、研究成果の出口としてiPS細胞の創薬応用に対する関心が近年急激に高まっている。特に、医薬品の安全性評価法の開発が期待されており、政府の「健康・医療戦略」には「新薬開発の効率性の向上を図るため、iPS 細胞を用いた医薬品の安全性評価システムを開発する。」と掲げられている。
     ヒトiPS細胞由来の分化細胞は、誘導条件、培養条件などの違いにより異なる薬理学的特性を示すために、学術論文発表データだけからでは安全性評価法への応用可能性を判断することは難しい。分化心筋細胞は、種々のiPS細胞由来の組織細胞の中でも最も創薬プロセスへの実用化が早いと期待されているが、実際に利用可能かどうかの判断を行うには、多施設間で再現性を確認した頑健な実験プロトコルを用いた検証実験が必須となる。そのためには催不整脈性リスクを評価するための客観的指標を定め、評価法を決定しておくことが必要である。そして、催不整脈性リスクの陽性化合物と陰性化合物により予測性を検証する。
     我々は、平成24年度から「ヒトiPS分化細胞を利用した医薬品のヒト特異的有害反応評価系の開発・標準化」研究にとりかかり、多点電極上に高密度に培養した心筋細胞シートを使った実験プロトコルよる実験結果の再現性を検証し、現在多施設大規模検証実験に取りかっかっている。
     米国ではICH E14の廃止とICHS7Bの改訂の議論がすでに開始されているが、S7B改訂の科学的根拠を提出するために、Comprehensive in vitro Proarrythmia Assay (CiPA)という日米欧規制機関による国際研究チームを結成している。我々は、科研費研究班を中心に、Japan iPS Cardiac Safety Assessment (JiCSA)を結成して、CiPAと協調している。昨年夏から急激に激化した心臓安全性薬理試験法改訂に関する国際開発競争に対応し、日本の技術のグルーバル化と日本の分化細胞を海外に展開するための研究の強化が望まれる。
  • Jennifer PIERSON, Jiwen ZHANG
    セッションID: S1-7
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    The goal of the Comprehensive In Vitro Proarrhythmia Assay (CiPA) initiative is to evaluate proarrhythmic risk based on a mechanistic electrophysiological understanding of proarrhythmia that has improved specificity compared with the current paradigm using the hERG assay plus the Thorough QT study. The three primary components of CiPA include, in vitro drug effects on multiple cardiac ion channels, in silico reconstruction of electrical effects and integrated evaluation using human stem-cell derived cardiomyocytes (hSC-CM).
    The role of hSC-CM assay is to confirm the cellular electrophysiological effects to be derived from the in silico reconstructions based on effects on individual ionic currents, and to inform knowledge of repolarization effects not anticipated from ion channel or in silico reconstruction efforts. To achieve this objective, it must first be demonstrated that hSC-CM’s and technological platform/approaches provide reasonable throughput and reproducibility of results between and across laboratories. A multi-disciplinary approach is required to assess both the cells and technologies being developed, and to acquire data needed for CiPA and translational science decision-making. Under the auspices of the HESI Cardiac Safety Committee, the Myocyte Subteam was formed, designed and completed a pilot study to assess multi-electrode array and voltage sensitive optical platforms (to assess electrophysiologic effects based on field potential measures and transmembrane potentials, respectively). This talk with cover updates from the CiPA initiative and detail the work of the Myocyte Subteam in the context of the evolving CiPA paradigm.
シンポジウム2 次世代研究者セミナー:薬物の安全性評価における新たな挑戦
  • 米澤 豊, 橋本 和人, 根地嶋 宏昌
    セッションID: S2-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    In vivo皮膚光毒性試験ではモルモットが汎用される。今回、我々は一般毒性試験で使用されるSD系ラットを用いた光毒性評価が可能か否かを検討した。SD系ラットでの光毒性評価の妥当性を確かめる為に、陽性化合物及びReactive Oxygen Species assayにて光毒性陽性と判定された医薬品を用いて、Hartley系雌モルモットとSD系雄ラットで経皮及び経口投与による光毒性評価を実施し、結果の一致率を調べた。
    評価化合物数は、経皮投与試験で22個、経口投与試験で13個とした。投与濃度は既報または最大耐量を参考にし、医薬品については上限を10 w/v%(100 mg/mL)とした。紫外線照射時点は経皮投与は投与30分後、経口投与は既報またはTmaxを参考に設定した。薬物投与後、紫外線(UV-A及びB)を照射し、光毒性の有無を判定した。その結果、経皮投与で光毒性を示す化合物は、モルモットとSD系ラットともに10種であり、一致率は100%(22/22化合物)であった。経口投与については、モルモットとSD系ラットで8種であり、一致率は85%(11/13化合物)であった。以上の結果より、SD系ラットはモルモットと同程度の光毒性検出力を有することが明らかとなった。
    次に、一般毒性試験におけるTK採血用のサテライト群(TK採血群)を用いた光毒性試験を想定して、SD系ラットを単回投与群と反復投与群及びTK採血群に分け、陽性化合物である8-Methoxypsoralenを経皮または経口投与した。それぞれ最終投与終了後に紫外線を照射し、光毒性の有無を判定した。結果、単回、反復及びTK採血群ともに光毒性陽性反応を示し、TK採血の実施は光毒性評価に影響を与えないことが確認された。以上の検討から、一般毒性試験におけるTK採血群での光毒性評価は可能であることが確かめられた。一般毒性試験に光毒性評価を組込むことにより、動物及び試験数の削減、適切な照射時間の設定、反復投与による影響評価が可能となり、評価期間の短縮、広域な毒性情報の取得及び動物実験の3Rに貢献すると考えられた。
  • 佐々木 崇光, 熊谷 健, 永田 清
    セッションID: S2-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    我々は、日常生活において数多くの化学物質に暴露されながら生活をしている。特に医薬品や健康食品は、様々な効果を期待して意図的に摂取するため、日常的に暴露される化学物質の中でも比較的高濃度で直接体内に取り込まれる。これらに含まれる化学物質の多くは、Cytochrome P450 (CYP)に代表される薬物代謝酵素によって解毒される一方で、代謝活性化を受け、薬物性肝障害等を惹起する物質に変換されることがある。また、医薬品や健康食品は、同時に複数製品を摂取することが多く、CYPの活性阻害や発現誘導を介した相互作用に起因する有害事象が報告されている。特に、健康食品に関しては、近年その使用が急増しているにも関わらず、毒性あるいは相互作用情報は少ない。そこで我々は、医薬品や健康食品自体が引き起こす毒性評価系の開発に加え、CYPの活性や発現量に影響を及ぼす健康食品を同定し、相互作用に起因した有害作用発生リスクの評価系構築を目指した。毒性及びCYPの活性阻害による相互作用は、薬物代謝に関与する主要なCYP分子種5種類(CYP1A2、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6及びCYP3A4)をHepG2細胞に同時発現させ、ヒト肝細胞における各酵素活性を模倣した細胞を作製し評価を行った。誘導評価に関しては、レポーター遺伝子を利用したCYP3A4遺伝子誘導評価細胞を用いて行った。現在市場で流通し且つ使用が確認された健康食品約170製品について検討した結果、ウコン系及びダイエット系健康食品等が複数のCYP分子種を同時に強く阻害し、また、評価を行った製品の約4割程度がCYP3A4を誘導することが明らかとなった。さらに、グルコサミン系健康食品においては、相互作用は起こさないものの強い細胞障害性が認められた。これらの情報を基に、薬物性肝障害作用を有する既存の医薬品と併用することで、その有害作用が増強されるか予測する。また、肝分化iPS細胞を用いてヒト肝細胞における薬物代謝に起因した細胞毒性あるいは相互作用の評価を行う。
  • 関本 征史, 吉成 浩一, 出川 雅邦
    セッションID: S2-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
     環境化学物質のTDI(耐容一日摂取量)や農薬、食品添加物によるADI(一日摂取許容量)は、それぞれの物質単独による毒性試験を元に定められている。しかし、現実には単一の化学物質に曝露されることはあり得ず、その複数の化学物質による複合影響を予測することが大きな課題となっている。
     芳香族炭化水素受容体(AhR)は、異物代謝酵素の誘導のみならず、脂質代謝や免疫細胞の分化などにも重要な役割を果たしており、環境化学物質による毒性発現の標的分子の一つとされる。演者らは、様々な化学物質によるAhR活性化について検討を行ってきた結果、医薬品や食品添加物の中に、既存のAhR活性化物質の作用を増強するものを見いだしている。例えば、Nicardipineをはじめとするジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は、ヒト肝がんHepG2細胞において、発癌性多環式芳香族炭化水素によるAhR依存的な代謝活性化酵素(CYP1A酵素)の誘導や、細胞核DNAの化学修飾(DNA付加体形成)を増強する。
     このような例から、少なくとも細胞レベルにおいては、複数の化学物質による複合曝露が、核内受容体や類似の受容体型転写因子の活性化を介した毒性発現を修飾しうることが示唆される。薬品や農薬をはじめとする種々化学物質による核内受容体の活性化については、数多くのデータが蓄積されつつある。したがって、この受容体活性化を介した複合影響の発現機構を明らかとすることは、化学物質の複合影響(複合毒性)の予測にも大きく貢献するものと考える。
     本講演では、演者らがこれまでに明らかとしてきたAhR活性化における複合影響の例や、その発現機構に関して現在行っている研究を紹介したい。
  • 近藤 千真, 豊田 薫, 山田 直人, 鈴木 優典, 高橋 統一, 小林 章男, 公納 秀幸, 正田 俊之, 菅井 象一郎
    セッションID: S2-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    臨床における薬剤誘発性肝障害(DILI)は、患者のみならず医薬品開発メーカーにとっても大きなインパクトを与え得る副作用である。通常、非臨床試験は遺伝的に均一な実験動物を用い、均一な試験条件下で実施するため、遺伝的にも生活環境の面でも多種多様であるヒトにおけるDILIを正確に予測することは容易ではない。今回,我々は栄養状態を修飾したモデル動物として制限給餌ラット及び病態モデル動物として非肥満2型糖尿病モデルラットを用いてアセトアミノフェン(APAP)による慢性肝障害を評価した。
    APAPを不断給餌(ALF)あるいは1日4時間制限給餌(RF)条件下のラットに0,300及び500 mg/kgの用量で約3ヵ月間反復経口投与した。ALF群の肝機能パラメータには,APAP投与による明らかな変動は認められなかったが,RF群では,APAP投与により血漿中ALT及びGLDH活性が上昇した。ALF群の肝GSH含量はAPAP投与による増加が認められ,APAPの投与に対する適応反応として肝GSH合成の亢進が示唆された。一方,RF群の肝臓中GSH含量はAPAP投与による減少が認められ,血漿中・尿中GSH関連メタボロームの変化は,肝GSH含量の減少を示唆するものであった。
    次に,APAPをSDラットあるいは2型糖尿病モデル動物であるSDTラットに0,300及び500 mg/kgの用量で約2ヵ月間反復経口投与した。SDラットでは,APAP投与による適応反応として肝臓中GSH含量が増加し,APAP投与による肝機能パラメータの変動は認められなかった。SDTラットでは,APAP投与により血漿中GLDH活性が上昇した。SDTラットでは,APAP投与による減少が認められ,血漿中・尿中GSH関連メタボロームの変化は,制限給餌ラットと同様に肝GSH含量の減少を示唆するものであった。
    本発表では,糖新生及びGSH合成に関わる内因性の代謝物の変動による肝毒性の感受性の変化について概説したい。
  • 小山 敏広, 樋之津 史郎, 大島 礼子, 座間味 義人, 白石 奈緒子, 建部 泰尚, 四宮 一昭, 狩野 光伸
    セッションID: S2-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    現在、医療に関わる大規模情報の利活用は、医薬品を安全に使用するために今後ますます重要性が高まるとされている。厚生労働省やPMDAはより効果的な安全性対策のため、さまざまな医療情報データベース構築事業を実施し、試行期間の終了とともに、順次、公益性の高い研究課題への利活用の推進に移行しつつある。これらの大規模医療情報は疫学的手法と情報技術によって抽出・解析され、医薬品等の安全対策とその効果検証や、医療の質向上にも広く役立てられつつある。また、我が国の課題解決のため、厚生労働科学研究の戦略研究においては、これまでの大規模介入研究とは異なる「健康医療分野における大規模データの分析及び基盤整備に関する研究」課題が採択され、国民や行政の大規模医療データの利活用に対する期待を映している。
    現在、我々は健保組合の提供する診療報明細書情報を用いて、医療安全対策の効果について解析を行っており、その1例を紹介する。
    炭酸リチウムは躁病や躁状態の治療に用いられるが、リチウムの血中濃度上昇によってリチウム中毒を引き起こすことが知られている。そのため、定期的なリチウム血中濃度の測定が求められている。しかし、PMDAが2005~2010年のレセプトデータをもとに調査した結果、炭酸リチウムの処方を受けた患者のうち、1度もリチウムの血中濃度測定を実施していない患者の割合が52 %である可能性が示された。この結果を受け、PMDAは2012年9月に炭酸リチウムの血中濃度測定遵守について通知を発出した。しかし、臨床で炭酸リチウムの適正使用が客観的に改善したのかは検証されていない。
    そこで、本研究では、安全性対策が実施された効果について、炭酸リチウムの血中濃度測定実施割合を1つの指標として、安全対策前後での変化を明らかにすることにより、今後のさらに効果的な安全性対策に資するエビデンスを発信することを目的としている。
シンポジウム3 今話題の薬毒物中毒の基礎と臨床 -危険ドラッグから医薬品まで-(日本中毒学会との合同シンポジウム)
  • 和田 清
    セッションID: S3-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    薬物依存を理解するためには、薬物の乱用・依存・中毒という3つの鍵概念をその経時的相互関係の中で理解することが重要である.
     薬物乱用とは薬物を社会的許容から逸脱した方法・目的で自己使用することをいう。規制薬物の自己使用はもちろんのこと,有機溶剤,各種ガスの目的外使用,医薬品の目的外使用及び指示に反する自己使用も薬物乱用である.
     薬物乱用という行為を繰り返すと薬物依存という病態に陥る.薬効が切れてくると薬物を再度使いたいという渇望に打ち勝てずに、その薬物を再使用してしまう状態である。これを理解するためには精神依存と身体依存という2つの概念を理解する必要がある.身体依存とは、薬物使用により生じた人体の馴化の結果であり、その薬効が切れてくると離脱症状が出てくる状態である.退薬時の苦痛を避けるために薬物を再使用してしまう.一方、精神依存とは、その薬効が切れてくると、その薬物を再度摂取したいという渇望が湧いてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を再使用してしまう状態である.そして,精神依存こそが薬物依存の本態である.これに関係する脳内変化としては,中脳の腹側被蓋野から側坐核に至るA10神経系(脳内報酬系)の異常がどの依存性薬物にも共通している.
     薬物中毒には、急性中毒と慢性中毒との2種類がある。急性中毒とは依存の存在に関わりなく、薬物を乱用さえすれば誰でも陥る可能性のある状態である。一方、慢性中毒とは、薬物依存の存在の下でその薬物の使用を繰り返すことによって生じる人体の慢性持続性の異常状態である。依存に基づく飲酒による肝硬変,依存に基づく喫煙による肺がんなどが典型である.
     薬物依存を「治す」薬物療法はない.慢性疾患としての糖尿病や高血圧症に近い状態だと考えられる.したがって、薬物依存症の治療とは再使用しないように自己コントロールし続けることをサポートすることになる.現在,認知行動療法が注目されている.
  • 鈴木 勉, 鵜沢 直生, 森 友久
    セッションID: S3-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    Previous studies have demonstrated that methylphenidate, MDMA (3,4-methylenedioxymethamphetamine), and other psychostimulants exert stimulant-like subjective effects in humans. Furthermore, MDMA and methylphenidate substitute for the discriminative stimulus effects of psychostimulants, such as amphetamine and cocaine, in animals, which suggests that MDMA and methylphenidate may produce similar discriminative stimulus effects in rats. However, there is no evidence regarding the similarities between the discriminative stimulus effects of MDMA and methylphenidate. To explore this issue, cross-substitution, substitution, and combination tests were conducted in rats that had been trained to discriminate between MDMA (2.5 mg/kg) or methylphenidate (5.0 mg/kg) and saline. In the cross-substitution tests, MDMA and methylphenidate did not cross-substitute for each other. In the substitution test, methamphetamine substituted for the discriminative stimulus effects of methylphenidate, but not for those of MDMA. Furthermore, ephedrine and bupropion, which activate dopaminergic and noradrenergic systems, substituted for the discriminative stimulus effects of methylphenidate. On the other hand, serotonin (5-HT) receptor agonists 5-HT1A and 5-HT2 fully substituted for the discriminative stimulus effects of MDMA. These results suggest that activation of the noradrenergic and dopaminergic systems is important for the discriminative stimulus effects of methylphenidate, whereas activation of the serotonergic system is crucial for the discriminative stimulus effects of MDMA. Even though MDMA, like psychostimulants, exerts stimulant-like effects, our findings clearly indicate that the discriminative stimulus effects of MDMA are distinctly different from those of other psychostimulants in rats.
  • 小林 憲太郎
    セッションID: S3-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    近年、日本における違法薬物を含むドラッグの広がりは著しく、特に2011年あたりから流通した植物片に合成カンナビノイドなどを添加させた「脱法ハーブ」は多くのドラッグ中毒患者を生む原因となった.ドラッグ中毒患者は自身の身体や精神を痛みつけるだけでなく交通事故等により傷病者を出すようなことが珍しくなく大きな社会問題となっている.危険ドラッグを販売しているショップが多く存在する池袋、新宿に隣接する当院においては危険ドラッグ流行に伴い、危険ドラッグ中毒の患者が多数救急搬送されるようになった。搬送時の状況として初めから危険ドラッグ中毒であると判明している患者もいるが、路上で意識障害で倒れていたなど当初はドラッグ中毒の患者であるか分からない患者も多い.搬送される患者の数は危険ドラッグの流行に密接に関係しており2014年夏の流行時においては1ヶ月で30人以上の危険ドラッグ中毒患者が搬送された.患者の症状は多彩であるが、交感神経賦活症状や痙攣・不穏等を含む中枢神経症状を呈している患者が多い傾向がある。
    危険ドラッグ中毒患者に対する治療は対症療法しかやりようがない事が特徴である.使用されたドラッグの含有成分はほぼ不明であり、中毒の原因となっている物質が即時判明する事はほとんどないからである。救急外来にてしばらく経過観察していると薬物の効果が減弱し、症状が改善し帰宅できる状態となる事がほとんどであるが症状が遷延する場合においては入院加療を要し、場合によっては集中治療室での治療が必要となる事もある。さらに診療を行う医療従事者の安全の確保にも注意を払う必要がある。不穏状態で患者が暴れている事もあり、ほぼ違法状態のドラッグを使用していること自体、犯罪の可能性を考慮しながら診療を行わなければならないためである。警察への連絡については社会的問題や安全面の問題から当院では可能な限り介入をお願いするようにしている.
  • 杉田 学
    セッションID: S3-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    医療現場では,様々な中枢作用薬が使用されている.「毒性」の観点からは,急性毒性と慢性毒性を分けて考えるべきである.日本中毒情報センターによると2013年1年間に同センターが受信した中毒34024件のうち,医薬品中毒は10600件(31.2%)を占めていた.OTCを除く医療用医薬品中毒7087件のうち,中枢神経用薬は1687件(23.8%)を占めた.筆者らが報告した2005年~2009年の4年間に経験した611名の急性薬物中毒患者では,精神科受診歴のあるものが521名(85%)であり,意図的な乱用の頻度が高い.中毒患者を実際に診療する救急医療の現状は,大量服用による薬効自体の作用増強に加えて,他の臓器に及ぼす問題に悩まされることが多い.その長期的後遺症についてはほとんどの場合気にされない.本発表では実際の中枢作用薬中毒症例を提示し,問題点を考察する.
    【症例1】23歳女性.意識障害と痙攣発作のため,救急搬送.精神疾患で通院中,抗精神病薬,抗うつ薬,リチウムを内服していた.母からの情報で,インターネットで注文した薬物を内服した可能性があった.心電図上QT時間の延長があり,頻拍性不整脈から心停止となった.直ちに除細動,心肺蘇生を行い心拍再開,数時間の間に計9回の心室細動による心停止を繰り返した.ペースメーカー等の治療で循環動態安定.原因薬物はタイ国製のHaloperidolであった.
    【症例2】65歳男性.構音障害とふらつきにより救急搬送.小脳症状があったため脳卒中が疑われたが,画像所見で否定され,内服中のフェニトイン血中濃度高値から,同薬中毒と診断.フェニトイン中毒には血液吸着が有効だが,症状と重症度から施行しなかった.
    中枢作用薬中毒は頻度が高く,臨床的に問題となる.その多くは過鎮静や呼吸抑制などの薬効増強ではない.救急医は急性の症状,致死的かどうかを問題とし長期的後遺症は考慮しないことが多い.基礎と臨床の両面から,毒性を考える必要がある.
  • 北嶋 聡, 種村 健太郎, 菅野 純
    セッションID: S3-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    本シンポジウムのテーマである危険ドラックを含む様々な化学物質による中毒の際の医療現場での診断や治療の一助となる事を期待し、網羅的・定量的遺伝子発現情報を基にシグナル毒性レベルでの分子機序解明を対象としたPercellomeトキシコゲノミクス研究による中枢神経毒性の動的バイオマーカー(Dynamic BioMarker)に関する所見を報告する。
     シックハウス症候群(SHS)の原因とされる化学構造の異なる3物質をSHSレベルの極低濃度でマウスに吸入させた際、いずれも共通して海馬において神経活動の指標となるImmediate early genes(IEG)群の遺伝子発現を抑制した。更に、このIEG変化の上流に肝・肺から放出される特定のサイトカインが位置することが示唆され、これが3物質に共通した二次的シグナルとして海馬に作用する事が想定された。興味深い事に、海馬におけるIEG発現抑制は、別途実施したトリアゾラム(ハルシオン)及びイボテン酸の経口投与により情動認知行動異常が誘発される際にも認められた。実際、吸入後に一過性ながら空間-連想記憶及び音-連想記憶の低下を確認したことから、遺伝子発現変動データの毒性予見性が示された。この様な中枢における変化が人のSHSにおける「不定愁訴」の原因解明の手がかりとなる可能性が示された。
     他方、ネオニコチノイド系殺虫剤について、細胞死や組織破壊を惹起しない量をマウス幼若期または成熟期に単回経口投与したところ、成熟後に遅発性の情動認知行動異常が認められた。この解析例についても報告する。
     以上、毒性の網羅的把握の為の遺伝子発現ネットワークの描出とDynamic BioMarkerのカタログ化により毒性メディエータの同定が可能となり、毒性予測に利用可能な事が示唆された。医療現場の情報からのバイオマーカー探索も可能と考えられ、日本中毒学会との連携深化に貢献できれば幸いである。
シンポジウム4 ナノマテリアルの毒性評価の進捗
  • 津田 洋幸, 徐 結苟, 酒々井 真澄, 二口 充, 深町 勝巳, 広瀬 明彦, 菅野 純
    セッションID: S4-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    多層カーボンナノチューブ(MWCNTs)の発がん性試験には高額な吸入曝露設備と2年余の期間が必要であるため、補完する短期代替モデルを開発した。ラットによる❶短期in vitro Mφ曝露試験、❷ 8日~20週の経気管肺内噴霧投与(TIPS)後の肺・胸膜病変と胸腔洗浄液(PCL)成分について種々の解析を行い、❸長期投与との相関性を検証した。
    ❶ラットより採取した肺胞Mφ初代培養液中にMWCNTsを加えて得られた培養上清のヒト中皮腫細胞と肺がん細胞に対する増殖刺激作用は、針状MWNCTおよび 青アスベストに強い傾向が見られた。
    ❷長さと直径の異なるMWCNTsを250μg/0.5mL/ラットを週1回24週間投与した。針状MWCNTによる胸膜(壁側と臓側)の肥厚、胸膜中皮細胞の増殖率、PCLのIP-10、RANTES、IL-2、IL-18は何れも針状MWCNTに最も高値であった。針状MWCNTおよびCROを4週間に8回のTIPS投与による回復試験では、MWCNTsは投与直後には肺胞壁とPCLに多数見出されたが、12週後では特に肺胞で著しく減少した。中皮細胞の増殖と胸膜の線維性肥厚は、すべての投与群において溶媒群の約4~6倍に維持された、とくにMWCNT-7(針状、IARC Group 2B評価)による胸膜の線維性肥厚は持続された。
    ❸長期試験(2年投与):針状MWCNT(長さ>2.5μm)を2週間に8回肺内TIPS投与後、2年間の観察によって、心嚢、胸膜の悪性中皮腫(20%)と肺胞上皮腺腫+腺がん(29%)の発生が認められた。すなわち、針状MWCNTの肺内投与によって胸膜中皮腫が発生することが初めて示された。従って❶と❷の所見には前癌病変が含まれ、❸における悪性中皮腫の発生の指標と考えられた。従って❶❷は長期発がん試験の短期代替モデルとして実用化が可能と考えられた。
  • 豊國 伸哉
    セッションID: S4-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    現在、日本人死因の第1位はがんである。産業・経済の発展を重視するあまり、リスク評価が十分になされないまま、ナノマテリアルが社会に多量に持ち込まれ、がんの原因となったことを忘れてはならない。それがアスベストであり、白石綿・青石綿・茶石綿が世界中で多量に使用された。日本では2006年に全面禁止となったが、アジア諸国を中心に現在も産生・使用されている。日本の中皮腫発生ピークは2025年と予想されており、今後10万人以上が中皮腫で死亡すると試算され、現在発生数が増加している。ラットで上記3種のアスベストの腹腔内10mg投与により中皮腫発がん実験を行った。2年の経過でほぼ全動物に中皮腫が発生した。アスベスト投与部の中皮細胞や貪食細胞に著明な鉄沈着を認め、Fenton反応促進性のニトリロ三酢酸の追加投与により、中皮腫発生が有意に早くなった。93%の腫瘍でCdkn2a/2bのホモ欠損を認めた。アスベスト発がんでは局所の過剰鉄病態が重要なことが示唆された。このような背景のもと、すでに中皮腫の危険性の報告のあった多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の評価を行った。MWCNTは軽量・高強度で熱伝導性が高く、導体・半導体になることからすでに使用されているが、物理的形状は石綿に酷似している。直径が15/50/115/150 nmのMWCNTを使用し中皮細胞毒性実験ならびに、上記と同様のラットを使用した発がん実験を行った。中皮細胞への毒性と発がん性はほぼ一致し、直径50 nmのMWCNTの発がん性が最も高かった。Cdkn2a/2bのホモ欠損をほぼ全例で認めた。このことは、剛性が高い50 nm直径のMWCNTは特に注意して扱うべきことを示唆している(IARC Group 2B)。ヒトにおいて体腔に繊維が到達することはそう容易ではないと考えられるが、感染症が克服され、ますます長寿化が進む現在、新素材の十分なリスク評価とリスク管理は重要と考える。参考文献:1. Nagai H et al. Proc Natl Acad Sci USA 108: E1330, 2011; 2. Jiang L, et al. J Pathol 228: 366, 2012; 3. Toyokuni S. Adv Drug Deliv Rev 65: 298, 2013
  • 鶴岡 秀志
    セッションID: S4-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    ナノ材料の毒性評価は2005年から本格化したが、材料の毒性個別評価から標準的な評価Protocolの提案を経てNano Toxicologyという新分野の確立に至っている。さらに論文データや化学反応物性を活用した毒性推定の段階に移行している。当初は腹腔試験(IP)により毒性有無の判別が行われ、濃度やPathological判断について様々な意見が出た。現在でもIPは初期評価として有用な手段と位置付けられる。その後、CNT毒性評価で多くの研究機関がMitsui MWNT-7を使用することが進み、研究機関相互間の評価判定方法についての共通基盤理解が醸成されin vivo/in vitro評価の統一的Protocolが確立されてきた。昨年10月にIARC MonographにMitsui-7が掲載され、初めてナノ材料で基準物質及として認識されたことは記憶に新しい。CNTのがん性InitiationとPromotionのNIOSH論文発表後、米国はナノ材料の細胞小器官内挙動とDNA/RNAに対する作用に注目した研究を推進している。さらに工業化進捗からMicro-Bioに加えて環境暴露における複雑なナノ材料挙動を化学反応性から評価するRedox Potential(RP)の重要性に関心が高まっている。今まで議論の中心だった物理的物性よりRP評価法は化学量論に立脚して生物学的反応に最も近く論理が明快なので注目されている。欧州では脱動物使用の観点からNanosafety Cluster Programにより網羅的にデータを扱いBig Data数値計算で毒性を推定するQSAR/QNAR手法の開発が推進されている。過去の論文は玉石混交なので同Programでは再現性を求めた評価研究が遂行され論文として発表されつつある。本講演では欧米の研究動向とRP法を中心に説明する。
  • 笠井 辰也, 梅田 ゆみ, 大西 誠, 浅倉 真澄, 福島 昭治
    セッションID: S4-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    ストレートタイプの多層カーボンナノチューブ(MWCNT)はその形状や機械的強度をもつ特徴からアスベストと同様に肺線維症、肺がん、中皮腫、胸膜肥厚等を引き起こす可能性が危惧されている。人はMWCNTを取り扱う様々な状況で経気道的に暴露する可能性がある。そこで、実際の人の暴露経路を考慮し、MWCNTの乾式での吸入暴露試験を行うためにサイクロン・シーブ法によるエアロゾル発生装置を開発し、雌雄ラットを用いた全身吸入暴露による2年間の吸入発がん性試験を行った。
    被験物質はストレートタイプのMWCNT(保土谷化学工業社製のMWNT-7)を使用した。投与は、0、0.02、0.2及び2mg/m3の濃度のMWCNTエアロゾルを1日6時間、週5日間、104週間(2年間)、F344/DuCrlCrljラットの雌雄に全身暴露することで行った。暴露中は、OPC(Optical particle controller、OPC-AP-600、柴田科学(株))を用いたMWCNTの個数濃度の連続測定と発生装置の帰還制御により吸入チャンバー内濃度を一定に維持した。また、2週間毎に各チャンバー内の質量濃度の測定、3ヵ月毎に粒子径測定及びSEMによる形態観察を実施した。2年間の暴露期間終了後、全動物を剖検し、気管支肺胞洗浄液の細胞及び生化学的検査、胸腔洗浄液のSEMによるMWNTの検索、マーカー(Benzo[ghi]perylene)を用いた肺内のMWCNTの定量及び病理学的検査を実施した。
    チャンバー内のMWCNTは、良く分散した状態が確認され、チャンバー内濃度は各濃度群とも設定濃度で安定しており、変動も少なく、2年間の高い精度の暴露が確認された。気管支肺胞洗浄液検査では炎症性反応を主体とした変化が細胞学的検査及び生化学的検査で認められ、これらの変化は何れも暴露濃度に相関して増加した。また、肺内のMWCNT量も暴露濃度に対応し、増加した。胸腔内には、低濃度から暴露濃度に相関してMWCNTが認められ、直線状のものがほとんどであった。病理学的検査では、肺の重量増加が濃度に相関して認められた。なお、詳細な病理組織学的検査を現在実施中であり、結果は本シンポジウムで発表する。
  • 菅野 純, 高橋 祐次, 高木 篤也, 小川 幸男, 広瀬 明彦, 石丸 真澄, 今井田 克己
    セッションID: S4-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    工業的ナノマテリアル(ENM)の産業応用が急速進展する中、製造者及び製品利用者の健康被害の防止のための規制決定及び、業界における安全面からの国際競争力の保持の観点から、基礎的定量的な毒性情報を得る評価法の確立が急がれる。当研究部では、既存毒性情報に乏しいENMに関しては、人の暴露様態に即した吸入暴露毒性試験による有害性同定とその分子機構解明が必須であるとして、高度分散法(Taquann法)及び、それをエアロゾル化するカートリッジ直噴式ダスト発生装置を独自開発した(Taquann直噴全身吸入装置)。本装置により多層カーボンナノチューブMWNT-7の場合、重量の95%を占める凝集体・凝固体をほぼ除去した高分散検体をマウスに全身暴露吸入することが可能となり、対照群、低用量群(1mg/m3)、高用量群(2mg/m3)の3群の構成で1日2時間、合計10時間、マウスに暴露し単線維が肺胞内に到達する事を確認した。暴露後52週まで経過観察し、終末細気管支から肺胞レベルの間質性病変を誘発すること、一部は胸腔内に達し、壁側胸膜面に中皮腫発がんを示唆する顕微鏡的病変を確認した。高用量群の暴露完了直後の肺負荷量は4.2 µg/動物、肺内における半減期は約13週であった。肺内MWNT-7の繊維長分布は吸入直後から52週後まで不変であった。本装置は汎用性が高く多様なENMに対応可能であること、使用検体量が少ないことから、少量新規ENMの吸入毒性評価に有利である。例として、酸化チタン(一次粒子径35nm)のMMAD約800nmのエアロゾルを2mg/m3にて発生し、二次粒子がマウス肺胞レベルに到達することを確認した。現在、本装置により肺遺伝毒性、全身免疫の慢性影響等の研究に対象を広げている。本法の普及による新規ENMの有害性同定及び毒性評価の促進が期待される。(厚生労働科学研究費補助金等による)
シンポジウム5 農薬の安全性と毒性の評価とその問題点
  • 遠山 千春
    セッションID: S5-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    医薬品や一般化学物質の安全性・毒性については、これまで日本毒性学会(JSOT)において長年にわたり広く情報の共有が図られてきた。これに比して、農薬(殺虫剤、殺菌剤、除草剤、病害予防治療剤等)の安全性や毒性については、十分な討論がなされてきたとは言いがたい。そこで、農薬の安全性がどのように担保されているのかの科学的基盤について情報を共有するため、まず農薬の開発と適用に関する基本事項を中心に教育講演(浅見忠男先生)を企画した。引き続き、このシンポジウムにおいては、農薬登録制度及び試験法の現状とあり方、曝露実態と健康影響など、それぞれの専門家に講演を依頼していている。様々な意見を交換することが重要と考え農薬工業会にも業界の観点からの講演を依頼したが積極的なご回答をいただけなかった。農薬の安全性についての議論は、科学的論拠に基づくことが必須である。総合討論では、講演等で指摘された問題を中心に議論をしたいと考えている。
  • 早川 泰弘
    セッションID: S5-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    1 必要な毒性データ
     農薬は農薬取締法に基づき農林水産大臣の登録を受けなければ、製造・加工・輸入ができない。登録申請者は各種データを農林水産省に提出することが義務付けられているが、毒性データについては現在20種類となっている。これらのデータは国際整合の観点から原則としてOECDのテストガイドラインに準拠して作成されており、また信頼性確保の観点からGLP(Good Laboratory Practice)に適合したものでなければならない。
    2 評価
     提出された毒性データはリスク評価機関である食品安全委員会において審議され、長期曝露評価に基づきADI(1日摂取許容量)、短期曝露評価に基づきARfD(急性参照用量)が設定される。これらを踏まえリスク管理機関である厚生労働省により残留農薬基準が設定される。これらの評価や基準設定に当たっても国際整合の観点から、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)やコーデックス残留農薬部会(CCPR)の評価手法・考え方が参考にされる。このように設定された残留農薬基準を超えないように農林水産省は農薬の使用方法(使用時期、使用回数等)を定め農薬の登録を行っている。
    3 変遷
     厚生省(当時)により我が国で最初に残留農薬基準が設定されたのは1968年である。同年農林省(当時)は、農薬登録申請者に5種類の毒性データを提出するよう行政指導を行った。その後、1971年の農薬取締法の改正により毒性データの提出は法的に義務付けられ、毒性データは7種類に増えた。さらに毒性学の発展等を踏まえ、1985年には18種類、2000年には現在の20種類に整備された。
  • 高野 伊知郎
    セッションID: S5-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    食品中残留農薬の規制に関しては、厚生労働省が食品衛生法で規格基準(残留農薬基準)を設定し、基準値を超えた食品を市場から排除する仕組みをとっている。2002年には、無登録農薬の使用や輸入食品の残留農薬基準値違反が問題となり、リスク管理の強化が求められた。これを受け、政府は、2003年に農薬取締法と食品衛生法を相次いで改正し、農薬を登録する際には、同時に残留基準値を設定することとなった。また、2006年5月29日にポジティブリスト制度が導入され、今日では、網羅的な規制が敷かれている状況である。農薬が残留する食品を摂取した場合、ヒトは農薬に暴露されることになり、その暴露量がどの程度なのか?定量的な考察が必要となる。食品中の残留農薬基準値は、安全性評価試験データに基づいて設定された農薬の一日許容摂取量(ADI)に、作物残留試験データや栄養摂取量調査データを加味して食品からの農薬摂取量を推定し、その総量がADIの80%を超えることの無いように食品ごとに設定される。残留基準値は、この値を超えたからといってすぐに健康影響が生じるというものではないが、リスク管理上の拠り所となっている。リスク管理の手法としては、農業生産工程管理(GAP)に従って、農業生産現場が適切に農薬を用いて農産物を生産することが基本である。一方、生産現場や流通現場においては農産物の品質保証の見地から、また、行政機関においては消費者の食の安全を守る見地から残留農薬検査を行っている。農薬の残留レベルは百万分の1~1兆分の1であることから、検査には、高感度な分析法が必要である。また、食品成分の影響を大きく受けることから、特殊な前処理技術を求められる。現在は、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)や液体クロマトグラフタンデム質量分析計(LC-MS/MS)を用いて多数の農薬を網羅的に高感度でスクリーニングする方法が一般的となっている。
    ここでは、当センターで行っている残留農薬検査の概要と食品中農薬残留実態、並びに検出状況の傾向についてデータを交えて紹介する。
  • 平 久美子
    セッションID: S5-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    ネオニコチノイド(NN)は、1990年代から使用が始まり、現在世界で最も売上げの多い殺虫剤で、水溶性、浸透性を特徴とする。日本では7種類、年間約400tが出荷されている。従来使用されてきた有機リン系およびピレスロイド系の殺虫剤と比べて環境中半減期が長く、多くの活性代謝産物を生じ、当初予想されたより、はるかに幅広く生態系に分布し影響を与えることが、明らかになりつつある。使用地域では、土壌、水から日常的に検出され、日本では一般人の尿中からも高率に検出される。NNはニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に結合して作用し、実験動物で神経毒性、神経発達毒性、代謝毒性(肥満、脂質異常、糖尿病)、生殖毒性、免疫毒性、発がん性、ヒトで職業性曝露や誤飲による急性中毒例が報告されている。臨床的に、現在最も懸念されているのは、長期持続曝露による慢性影響で、群馬県では、2006年以降、国産果物や茶飲料の連続摂取後に、原因不明の頭痛、全身倦怠、動悸/胸痛、筋痛/筋脱力/筋攣縮、腹痛、発熱、姿勢時振戦、近時記憶障害および心電図異常(洞性頻脈または徐脈)が同時に出現し、果物、茶飲料の摂取禁止により数日から数十日で緩解する例が、数百例見出されている。患者は幼児から高齢者まで幅広い年齢層にわたる。非常に興味深いのは、近時記憶障害が可逆性であることである。近時記憶は、即時記憶よりは保持時間が長い、数分から数日前の記憶で、情報の記銘と想起の間に干渉が介在し、保持情報が一旦意識から消えることを特徴とする。nAChRが神経組織のほか免疫細胞にも存在することから、発生機序として神経と免疫の両方が考えられている。バイオマーカーとして、尿中N-デスメチルアセタミプリドとチアメトキサムが数~数十nMの濃度で見出されているが、典型的な症状を示すものの尿中に検出されない例もあり、今後の課題である。
  • 上島 通浩, 伊藤 由起, 上山 純
    セッションID: S5-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
     いわゆる殺虫剤は農業的利用(農薬)を始め、衛生害虫の防除等に広く利用されるなど、現代社会において不可欠な化学物質であるが、そのベネフィットとともに健康や環境へのリスクにも注目され続けてきた歴史をもつ。農薬科学や、健康および環境に関する科学が発展する中で、これまで、非常に幅広いとらえられ方から議論が行われている。本発表では、農薬取締法上の殺虫剤だけでなく、「医薬品」、「医薬部外品」等の対象物質も含め殺虫剤と総称して、有機リン系、ピレスロイド系、ネオニコチノイド系殺虫剤への曝露量の現状を中心に、話題を提供する。
     演者らはこれまでに、殺虫剤を散布する職域や一般生活環境における成人や小児を対象に、尿中に排泄される殺虫剤あるいはそれらの代謝物を測定(生物学的モニタリング)し、曝露レベルを明らかにしてきた。また、有機リン系殺虫剤については、一部の代謝酵素遺伝子多型と酵素活性および尿中代謝物量との関係について解析してきた。尿中濃度については夏期と冬期との間で一定の有意な差が存在し、職域だけでなく通常の生活環境においても曝露量には季節差のあることがうかがわれる。
     殺虫剤の曝露評価手法として、標準的な生活を送る集団については、作物への残留量等をもとに推定摂取量を求め、曝露マージン(margin of exposure)を明らかにする等の方法が行政的には行われている。しかし、今世紀に入り機器感度と分析技術が大きく向上し、一般生活環境での微量な曝露量を個人単位の生物学的モニタリングにより定量できるようになった。すなわち、尿中濃度と健康上のアウトカムを対応させた疫学調査が、曝露量の多い散布職域だけでなく一般生活環境でも可能になった。ppbレベルの濃度を安定して定量するための精度管理上の問題を考慮しつつ、今後、個人曝露量の測定を健康リスク評価に導入し、量反応関係をふまえた解析を行う研究の推進が求められる。
シンポジウム6 ヒト副作用リスク最小化に向けたトランスレーショナルリサーチ:医薬品の副作用研究 in vitroから臨床まで
  • 細井 一弘, 小島 肇
    セッションID: S6-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    医薬品開発におけるトランスレーショナルリサーチは,創薬ターゲットの特定から前臨床試験を経て患者集団での有効性,安全性検証にいたる長期に及ぶプロセスを一連の活動としてとらえ,効率的に進めることを目的として実施されている.医薬品開発の成功確率が低下している状況下において,前臨床試験を見直して医薬品開発投資当たりの成功確率を高めて,効率化することはトランスレーショナルリサーチの観点で有効と考えられる.前臨床段階での効率化には,(1)既存技術の改善,(2)新規試験系の確立,(3)要件変更などが有用であるが,単独で実行しても効率化へのインパクトは大きくなく,公的な評価フローやガイドラインに記載することによって,大きな効果を期待することができる.化学物質に人工太陽光を照射した際に産生される活性酸素種(Reactive Oxigen Species, ROS)の量を指標として光化学的反応性を評価するROSアッセイは予測性,スループットともに高い評価系として探索研究段階での光安全性評価の初期スクリーニングに利用されていた.演者らはICHの光安全性評価ガイドラインにROSアッセイを収載することを目的とした多施設バリデーションの運営に参加し、試験結果について,第三者評価を受け,ICH S10トピックの専門家作業部会に提示し,光安全性に関する初期評価に利用可能な試験法としてガイドラインに収載させることができた.ROSアッセイの多施設バリデーションの計画立案,実施,結果の評価,報告書作成,学会・論文発表,第三者評価,ガイドライン収載に至る一連の経験から,新規試験法を確立し,広く利用されるには通常の安全性評価とは異なる知識,経験,配慮も重要であることを学んだ.本発表ではトランスレーショナルリサーチに有用な試験系構築の基本的な考え方を紹介する.
  • 松本 範人
    セッションID: S6-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    肝臓は高濃度の薬物曝露を受け,その代謝を担う重要な臓器であり,医薬品の毒性標的となることが多い.医薬品の非臨床安全性試験としてげっ歯類及び非げっ歯類を用いた反復投与毒性試験が実施されるが,これらの毒性試験では肝毒性を示さなかった医薬品候補物質が臨床試験段階や上市後にヒトで肝障害を引き起こし問題となることが多い.そのため,近年,製薬企業では,肝臓に対して安全性の高い医薬品候補を創製するために,動物での毒性試験に加えて,培養ヒト肝細胞等のヒト由来材料を用いた毒性評価を創薬初期に実施するケースが増加している.本発表では,最新の薬物性肝障害評価法について,現在,活用される評価法を実例も含めて発表する.
    薬物性肝障害のバイオマーカーについては,従来,肝細胞傷害時に鋭敏に変動するALTや肝機能の低下にまで及んだ際に上昇するビリルビンを含めいくつかの有効なバイオマーカーが利用されている.一方,近年,肝障害に対する特異性の向上等を目指して,新規のバイオマーカーが近年,探究されつつある.本発表では,既存の肝障害バイオマーカーの検出感度や特異性及び新規バイオマーカー研究の現状について発表する.
  • 出口 二郎, 後藤 志麻, 森脇 さや香, 宮脇 出, 矢吹 昌司, 船橋 斉
    セッションID: S6-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    薬物性肝障害、特に特異体質性の薬物性肝障害(idiosyncratic drug-induced liver injury, iDILI)に関しては通常実施される非臨床試験項目での検出が困難であり、医薬品開発における深刻な懸念事項の一つである。実験室レベルのiDILI検出法については多くの報告があるが、その発現機序が多岐にわたると考えられるため、実際に医薬品開発の場で定常的に利用可能な評価系として確立されたものは存在しない。一方、肝臓は近年免疫臓器としても注目されており、肝門脈を通じて消化管から流入する外来異物等の処理を行う際に肝クッパー細胞を初めとする免疫系細胞から放出されるサイトカイン・ケモカイン等の曝露を受けていることもiDILI評価系構築には考慮すべき点の一つと考えられた。
    そこで我々は、まず正常ラット肝より調製した培養クッパー細胞にLPSおよびiDILI誘発化合物を添加し、TNF-alphaやIL-1beta等の炎症性サイトカインとIL-6やIL-10等の抗炎症性サイトカインとのバランスに与える影響を検討した。その結果、LPS刺激時に放出される抗炎症性サイトカインの放出量をiDILI誘発化合物が抑制すると同時に、一部のiDILI誘発化合物は炎症性サイトカインの放出を増強することで、炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカインのバランスを変動させていることを見出した。更に上記の炎症性及び抗炎症性サイトカインのインバランスを仮説としたin vivoモデルの構築を試みたところ、iDILI誘発化合物とTNF-alphaを併用したマウスにおいて著明な肝機能異常を来し、その際にも肝組織中の抗炎症性サイトカインのmRNA発現が低下していることが明らかとなった。
    本発表では、上記評価系を初めとしたiDILI評価系の創薬研究における有用性を紹介するとともに、今後の課題や可能性についても併せて議論したい。
  • 船木 真理
    セッションID: S6-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    毒性評価において、in vitroの細胞培養を用いた評価系は、ヒトにおける有害事象や副作用リスクの最小化、疾患モデル動物などを用いたin vivoの評価系の代替法として極めて重要である。また疾患モデル動物については、ヒトにおける病態生理を必ずしも反映していない状況も近年報告され、このようなin vivoの系の限界から細胞による評価系の意義も認識されつつある。
    細胞を用いたin vitroの評価系が成立する大前提は、細胞がin vitroの環境においてもヒトの生体内における同種の細胞と同じ挙動を示すことである。しかし継代細胞はそれらの細胞が由来する生体内の細胞と比較し、種々の形質が異なっている。また初代培養細胞も単離後はその生体内における形質を急速に失う。したがって細胞を用いた毒性評価を正しく行うため、in vitroで培養中の細胞にいかに生体内における細胞機能を再現させるか、ということが大きな課題である。
    培地の組成などといった生化学的な因子に加え、細胞外基質の硬度などといった微細環境の物理的な特性が細胞機能に多大な影響を与えることが昨今知られるようになった。実際、正常組織と病的状態の組織では硬度が異なっており、さらに肝臓などにおいては硬度の変化が病的状態を引き起こすことも報告されている。
    in vitroの細胞培養において微細環境の生化学的特性と物理的特性の両者を最適化することにより、生体内における細胞機能を再現する実例を紹介し、毒性評価への適応による意義を考える機会としたい。
  • 藤田 朋恵, 熊谷 雄治
    セッションID: S6-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    薬剤性肝障害(DILI)は実臨床における薬物使用において、頻繁に遭遇する有害反応であり、重篤化した場合には生命にもかかわる重要な問題である。このため、実臨床におけるDILIの早期発見と開発段階におけるリスクの判断が求められる。DILIは大量の薬物曝露によって生じる中毒性の障害と特異体質性の2つに大別される。中毒性のDILIを生じる代表的薬物としてアセトアミノフェンがよく知られており、リスク群の特定がかなり進んでいる。例えば、アセトアミノフェンからCYP2E1により代謝されて生ずる中間代謝物NAPQIが肝細胞を傷害するが、2E1の活性が誘導されたアルコール多飲者でリスクが高いことや、代謝酵素であるUGT1A6の活性が低下していると考えられる病態でのDILI発生率が高いことが報告されている。後者の特異体質性のDILIにはアレルギー性と代謝性によるメカニズムが考えられており、代謝性のものはイリノテカンやイソニアジドに代表されるように代謝酵素であるUGT1A1やNAT2の遺伝子多型によることが報告されている。このようにある程度メカニズムが判明しているものについては、薬理遺伝学も含めたリスク群の特定が可能であると思われる。
    DILIの症状、臨床所見は非特異的なものが多く、マーカーとしてAST,ALTなどが使用されている。しかし、これらは必ずしも特異的な肝障害のマーカーではないことが早期発見の上での問題点である。特に新薬開発の段階では、AST,ALTは入院拘束を伴う臨床薬理試験において栄養状態の変化によって上昇することがあることや、HMGCoA還元酵素阻害薬のように薬理作用としてAST,ALTを上昇させるものもあるため、より特異的なマーカーが望まれている。臨床試験では、重篤なDILIの予測のためにHy’s Lawがよく用いられているが、その予測性についての評価は十分ではない。現在、種々のミクスを用いたDILIへのアプローチが行われており、今後はその成果に期待したい。
  • 宮内 慎, 竹藤 順子, 西山 義広, 南谷 賢一郎
    セッションID: S6-6
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    医薬品の開発におけるヒトでの副作用リスクを最小化するために創薬段階では心毒性、肝毒性など様々な毒性評価が行われている。一方で非臨床毒性試験では予測性が低い副作用の存在や特異体質性毒性の検出など、多くの課題が残されている。臨床への非臨床評価の外挿性の向上を目指し、ヒト肝細胞、iPS細胞などの様々な試験系の開発がおこなわれており、これまでに本学会のシンポジウムにおいても非臨床担当者と臨床担当者間で継続的に議論が行われてきた。実際の非臨床開発の現場においては、新規試験系に求められる堅牢性や背景データなど試行錯誤が多い反面、臨床への外挿に対し非臨床試験結果に関する多面的な評価が求められ、非臨床担当者のスキルの向上が必須である。
    本セッションでは、ヒト副作用リスク最小化へのトランスレーショナルリサーチを行う上での非臨床および臨床の現場レベルでのQ&A、臨床の現場から非臨床に期待すること、新たな手法、試験系等を利用しトランスレーショナルリサーチを行っていく上での考え方や課題について紹介する。In vitroの研究から臨床まで医薬品開発における幅広い研究領域の繋がりに焦点をあてて最新の副作用研究を集約した総合討論を行い、基礎から臨床へのトランスレーションの一助となるよう議論を深めていきたい。
シンポジウム7 毒性学における生体リズムの重要性を考える
  • 三浦 伸彦, 大谷 勝己, 長谷川 達也
    セッションID: S7-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    生体リズムは生命維持に不可欠な機構であり、生体防御や代謝に関わる機能も量的・質的なリズムを示す。そのため、薬毒物の生体影響を正確に把握するには生体リズムの関与を考慮する必要がある。薬物の効能や副作用の強さは薬物の服用時刻によって異なることが知られており、この現象は時間薬理学として確立されると共に、生体リズムと治療を絡めた時間治療として臨床の場で着目・応用されてきている。一方で毒性学においては生体リズムへの関心は現時点ではそれほど高くない。薬物で明らかな日内感受性時刻差が観察されることから、毒物についても解析を進める必要があるのではないか?実際、我々はカドミウム等の金属毒性の発現強度が投与時刻によって顕著に異なることを見出しており、生体リズムを考慮した毒性学である「時間毒性学」を展開してきている。本講演では、我々が展開する「時間毒性学」の意義について、日内感受性時刻差の視点から金属毒性の結果を示しながら紹介する。また現代社会における夜型生活やシフトワークなどにより生体リズムが攪乱された場合に生じる生体影響を毒性学的視点から考察したい。
    「時間毒性学」考える上で、時間生物学の概要・応用を知ることは重要である。そこで本シンポジウムでは、薬物治療や薬物の取込・排泄、さらにエネルギー代謝調節・栄養学の視点から時間生物学的研究を展開する4人の先生方に講演を依頼した。
  • 守屋 孝洋, 竹生田 淳, 茂木 明日香, 佐々木 崇志, 前川 知子, 鈴木 登紀子, 柴田 重信, 太田 英伸, 小林 正樹
    セッションID: S7-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    生命には自律的なリズム発振機構である体内時計が備わっており、睡眠覚醒や心血管機能、代謝機能などにおける24時間周期の日内リズムを生みだしている。体内時計は全身を構成する個々の細胞に備わっており、時計遺伝子と総称される十数個の遺伝子の転写・翻訳のネットワークがそのリズム発振源であるとされている。すなわち、細胞個々がひとつの「細胞時計」として振舞い、それらが協調して「組織時計」、「臓器時計」として機能することによって、様々な生理機能における日内リズムを形成する。
    一方、細胞の増殖は個体発生や臓器再生、造血など個体が生存する上で極めて重要な役割を果たしているが、生体内のいくつかの組織では細胞分裂の頻度に日内リズムが認められる。癌細胞の増殖における日内リズムを考慮した抗癌剤の時間治療はすでに欧州を中心にして臨床応用されているが、時計遺伝子がどのような仕組みで細胞周期を制御しているのかについての統一的な機構は明らかになっていない。薬物や毒物による細胞増殖阻害は多くの薬物の副作用や毒性発現の原因になっているため、体内時計による細胞増殖制御機構の解明は薬物の副作用に対する新しい回避方法の開発にもつながることが期待できる。
    ところで、海馬歯状回に存在する神経幹細胞は増殖能やニューロンやグリアへの多分化能を併せ持ち、記憶・学習等の脳機能だけでなく、気分障害やてんかん、統合失調症の発症にも関与している。私たちは、神経幹細胞の諸機能における日内リズムに着目して解析を進め、生体内および培養条件下でその増殖活性が日内リズムを示すことや、時計遺伝子変異によって細胞分裂パターンが変化していることを見出した。本シンポジウムでは、時計遺伝子による細胞周期の制御機構や、神経幹細胞の分子時計に対する中枢神経系作用薬の影響を紹介し、薬物や毒物による作用発現における日内リズムについて考察したい。
  • 小柳 悟, 松永 直哉, 大戸 茂弘
    セッションID: S7-3
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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     生体機能の概日リズムを制御する時計遺伝子の働きによって、薬物の効果や副作用の程度は服用する時刻の違いによって変化する。我々は、時計遺伝子がチトクロームP450の活性やトランスポーターの発現に24時間周期の変動を引き起こすことで、薬物の代謝や排泄能にも影響を及ぼすことを明らかにしてきた。
     哺乳類動物における概日リズム中枢は視床下部の視交叉上核に位置し、自律神経やホルモン分泌などを介して消化管や肝臓など末梢組織での時計遺伝子の発現リズムを制御している。PAR-domain basic leucine zipper (PAR bZip) 蛋白であるDBP、HLF、TEFは、消化管、肝臓、腎臓などでリズミックに発現する転写活性因子であり、その発現リズムは時計遺伝子によって制御されている。我々はこれらPAR bZip転写因子が消化管におけるP糖タンパク質などのトランスポーター、肝臓での各種チトクロームP450の発現を制御し、その機能や活性に概日変動を引き起こすことを明らかにした。このような薬物代謝・排泄に関わる分子の発現リズムは、病巣部位への薬物の移行性やその効果にも影響を及ぼすため、薬物の至適投薬タイミング(一日の中での時刻)を設定することで、効果の増大や副作用の軽減が可能になる(時間薬物療法)。また、CREBファミリーのひとつであるActivating transcription factor 4(ATF4)は腫瘍細胞におけるBCRPやMRP2などのABCトランスポーターの過剰発現を引き起こし、薬剤耐性化に関与していることが指摘されているが、腫瘍細胞におけるATF4の過剰発現はp53の分解を促進し、抗がん剤に対する感受性を低下させていることを見出した。ATF4の発現は腫瘍細胞内においても概日リズムを示し、抗がん剤への感受性に時刻依存的な変動を引き起こしていることが明らかになった。
     本シンポジウムでは時計遺伝子による薬物の代謝・排泄の概日リズム形成メカニズムについて概説し、抗がん剤の時間薬物療法の可能性について述べる。
  • 田原 優, 柴田 重信
    セッションID: S7-4
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
    会議録・要旨集 フリー
    概日時計(約24時間周期の体内時計)は、様々な生理機能に日内変動をもたらすことで生体の恒常性維持に役立っている。概日時計により調節された生理機能を理解し、投薬時刻の違いによる薬理作用の増強、副作用の軽減などを考慮する「時間薬理学」という考えは、近年、臨床においても浸透しつつある。一方で、時間薬理学と同様に、食と体内時計の関係を考える「時間栄養学」もまた、近年、研究者のみならず一般社会にも浸透しつつある学問である。時間栄養学では、「体内時計作用栄養学」と「時間栄養学」の2つの側面に分けて考えることができる。つまり「体内時計作用栄養学」では、どのような食事内容を、どのタイミングで食べるかを考慮することで、食事、体内時計を介した健康科学を考えることができる。特に朝日を浴びると共に朝食を食べることは、体内時計を早く進める効果が期待できる。また、「時間栄養学」として、吸収、代謝、脂肪合成などに時計制御があることを考慮した食事タイミング、食事内容を提案できる。本シンポジウムでは、時間栄養学に関連した最新の知見を、我々の研究室の実験方法、実験結果と共に紹介する。
  • 榛葉 繁紀
    セッションID: S7-5
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    生体リズムの中でも約24時間周期で自立振動する概日リズム(サーカディアンリズム)は、動物の睡眠・覚醒をはじめ、生物に広くみられる24時間周期のリズミックな生体機能の発現に必要であるとともに、明暗サイクルや温度変化等の地球環境の周期的変動のなかで生体が恒常性を維持するためにきわめて重要な役割を果たす。したがってサーカディアンリズム機能の獲得とその発達は、進化の過程で生物がとった適応戦略の1つとして注目すべきものである。サーカディアンリズムを生み出す体内時計システムは、複数の時計遺伝子の相互作用により転写・翻訳レベルで調節される。近年、これら時計遺伝子のノックアウトマウスを用いた検討から、細胞増殖、免疫機能、記憶そして代謝調節など多くの生理機能に時計遺伝子が関与することが明らかになってきた。我々は体内時計システムのマスターレギュレーターである時計遺伝子Brain Muscle Arnt-like Protein 1 (BMAL1)の全身性ならびに種々の組織特異的ノックアウトマウスを作製し、その解析から体内時計システムによる代謝調節機構の解析を進めている。例えば、全身性ノックアウトマウスは脂質代謝能が低下しており、そのため脂質異常症を発症する。また骨格筋特異的ノックアウトマウスでは筋繊維のタイプが変化し、持久力やエネルギー代謝能が著しく増強する。肝臓特異的ノックアウトマウスでは、他臓器連関を介した血糖値やホルモンレベルの変化が認められ、肝臓のBMAL1を介したダイナミックな代謝調節が示唆される。
     本講演では、これら時計遺伝子のノックアウトマウスの表現型から体内時計システムによる代謝調節機構を議論したい。また胆汁酸代謝を軸に、体内時計システムによる異物代謝の調節を考察する。
シンポジウム8 環境毒性学の新たな潮流 ―環境汚染物質による生活習慣病、生活環境病の増加・増悪とそのメカニズム―
  • 高野 裕久
    セッションID: S8-1
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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    近年、アレルギー疾患に代表される生活環境病や、肥満、糖尿病を代表とする生活習慣病が激増し、新たな現代病となっている。これらの悪化、増加要因としては、遺伝要因よりむしろ環境要因の急変が重要と考えられており、種々の環境要因の中でも、日々増加しつつある環境化学物質や粒子状物質などの環境汚染物質が及ぼす影響に注目が集まっている。
    一方、環境汚染物質に対して影響を受けやすい高感受性・脆弱性群が存在することも指摘されている。例えば、粒径2.5μm以下の微粒子(PM2.5)に関し、疫学的な報告では、呼吸器系、免疫系や循環器系、代謝系の疾患を持つ人、特に、気管支喘息や気管支炎、虚血性心疾患や糖尿病の患者さんの症状が悪化しやすいことが報告されている。この事実は、アレルギーをはじめとする生活環境病や糖尿病等の生活習慣病の患者さんが、ある種の環境汚染物質に対し、高感受性、あるいは、脆弱性を示すことを示唆するものと考えられる。
    現在、わが国を含む先進国においては、高毒性物質の曝露や環境汚染物質の大量曝露の可能性は減じている。しかし、低毒性物質の少量曝露は普遍的に広がり、ありふれた疾患である生活環境病や生活習慣病の増加・悪化との関連が危惧され始めている。
    本シンポジウムでは、ありふれた環境汚染物質が、ありふれた現代病(生活習慣病やアレルギーを代表とする生活環境病)を悪化・増加させうるという実験的検証と増悪メカニズム解明の現状・進展を紹介し、環境毒性学に新たな視点を加える。本講演はそのイントロダクションの役を担う。
  • 市瀬 孝道, 戸次 加奈江, 吉田 安宏, 賀 ミョウ, 吉田 成一, 高野 裕久
    セッションID: S8-2
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/08/03
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     中国瀋陽市の大気中から採取した<PM2.5、PM10、>PM10の大きさの異なる3粒子と日本に飛来した黄砂を用いて、マクロファージ系培養細胞における炎症性遺伝子発現や蛋白発現、NF-κB活性、酸化的ストレスマーカー(Nrf2, HO-1)等の遺伝子発現をしらべ、粒子状物質の大きさや成分との関連を調べた。また動物実験ではこれらの粒子をマウスの気管内に1回投与して誘導される肺の炎症と粒子状物質の大きさや成分との関連を調べた。更にアレルギー性気道炎症についても卵白アルブミンを用いてこれらの粒子状物質の増悪作用を比較し、粒子の大きさや成分との関連を調べた。なお、これらの実験に際してLPS阻害剤のPolymixin B (PMB)や酸化ストレス阻害剤のN-Acetyl-cysteine (NAC)、NF-κB阻害剤のBAY 11-7085やToll様レセプター2、 4 欠損、MyD88欠損マウスやこれらの骨髄マクロファージ系細胞(BMDM)を用いて比較した。粒子状物質の微生物成分量(LPS, β-glucan)は粒子が大きいほど多く含んでいたが、逆に化石燃料燃焼由来の成分は粒径が小さくなるほど多く含んでいた。黄砂はβ-glucanを多く含んでいた。培養細胞における炎症性遺伝子や蛋白発現は粒子サイズが大きいほど強く誘導され、特にPMBやTLR4と MyD88欠損によってこれらの誘導が大きく抑制されたことから、炎症誘導にLPSの関与を示唆した。一方、炎症性遺伝子誘導やNF-kB活性化とは逆に、粒子サイズが小さいほど酸化的ストレスマーカーの発現が高くなった。これらはNACで抑制されたが炎症性遺伝子誘導は抑制されなかった。動物実験における肺の炎症誘導やアレルギー性炎症も<PM2.5よりもPM10や黄砂の方が強く誘導され、炎症の強さは化学成分量よりは微生物成分量に依存していた。
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