抄録
Nrf2は生体防御に働く遺伝子の発現を制御する転写因子である。DDC(3,5-diethoxycarbonyl-1, 4-dihydro-collidine)は、ヘム生合成経路を阻害して肝障害を引き起こす肝毒性物質である。我々はDDCによる肝障害に対してNrf2が防御に働くのではないかと考え、Nrf2活性化能が異なる遺伝子改変マウスに0.1%DDC混餌食を給餌した。すべての遺伝子型の体重はDDC投与後に減少したが、Nrf2が恒常的に活性化している肝臓特異的Keap1欠失(Keap1–/–)マウスは1週後から回復した。このような体重の回復は肝臓特異的Keap1:Nrf2二重欠失(Keap1–/–:Nrf2–/–)マウスでは観察されなかったので、Keap1–/–の体重回復はNrf2に依存することが示された。体重の回復に一致して、Keap1–/–マウスではDDCによる血中肝障害マーカーやビリルビンの上昇が著しく抑制された。DDCはヘム前駆体プロトポルフィリンIX(PPIX)を蓄積するが、Keap1–/–マウスでは野生型に比べて肝中ポルフィリンの蓄積が軽減した。PPIXの肝外排泄は、ABCトランスポーターであるABCG2が、ビリルビンの排泄はMRP2(胆管側)とMRP3(血管側)が担っている。Abcg2やAbcc4などのトランスポーターはNrf2の標的遺伝子であり、特にMRP4はNrf2活性化能に依存した発現上昇が見られた。また、Keap1–/–マウスはDDCにより肝重量比が著しく増加し、DDC投与1週後に増殖マーカーであるKi67の発現の上昇もmRNAおよびタンパク質レベルで確認された。以上より、Keap1–/–マウスにおける恒常的なNrf2の活性化は、ポルフィリン排泄、ビリルビン代謝、そして細胞増殖を促進することによって、PPIXによる肝障害を著しく抑制することが示された。