抄録
内分泌攪乱物質であるビスフェノールA (BPA)は、生殖系のみならず脳の発達や機能に悪影響を及ぼすことが報告されているが、その作用機序は十分には解明されていない。これまでラット脳シナプトゾーム画分よりBPA結合タンパク質として、プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)が同定された。BPAは様々なホルモン受容体に直接作用することが知られているが、我々はBPAがPDIに結合しその活性を阻害することによっても内分泌系の攪乱作用を引き起こすことをこれまでに明らかにしている。本研究では脳におけるBPAによるPDIの機能阻害において、その結合のみならずPDIのニトロシル化を介した活性阻害について検討を行った。PDIのニトロシル化は神経変性疾患患者で見出され、その活性低下により細胞内の変性タンパク質の凝集が増加することが報告されている。本研究ではラットにBPAを投与後、脳ミクロソームにおけるPDIのニトロシル化を検出した。その結果、BPAはPDIのニトロシル化を顕著に促進することが示された。また脳ミクロソーム画分におけるRNaseを基質とした酸化活性はBPA投与により顕著に抑制されることが明らかとなった。また神経モデル細胞であるPC12細胞を用いた検討においても、BPAによりPDIのニトロシル化が促進され、この作用はNOS阻害剤であるL-NMMAによって抑制された。またBPAはNGF刺激によるPC12細胞の突起伸長を阻害し、この作用もL-NMMAによって抑制されたことから、BPAは一酸化窒素の発生を介して神経細胞の機能を阻害することが示された。本研究により、脳内においてBPAはその結合タンパク質への作用のみならず、一酸化窒素の発生を介してタンパク質のニトロシル化を促進しその機能阻害を引き起こしている可能性が示され、新たな作用機序として神経細胞機能の阻害に関わっていることが予想される。