抄録
我々はこれまでに、内分泌かく乱物質として知られるトリフェニルスズ(TPT)が性周期における発情間期を延長させることを明らかとしてきた。しかし卵巣のエストロゲン合成系に影響は認められず、またTPTは子宮肥大試験でも陰性を示したことから、性周期の乱れはエストロゲン合成やエストロゲンシグナルのかく乱に起因しない可能性が示唆された。一方で子宮肥大試験は、内因性エストロゲンを枯渇させた状態で被験物質を投与するために、TPTが内因性エストロゲンと協調的に働くことでエストロゲンシグナルを修飾する場合はその作用は評価ができない。そこで本検討では前述の作業仮説を証明するために当研究室で開発したエストロゲン応答性ルシフェラーゼ(LUC)レポーター(E-Rep)マウスを用いて、内因性エストロゲン存在下におけるTPTのエストロゲンシグナル修飾作用について検討した。7週齢の雌性E-Repマウスに卵巣摘出手術(OVX)を施し、内因性エストロゲンが枯渇する1週間後からTPTCl(0, 10mg/ kg/ day)を7日間連日経口投与した(OVX群)。さらにTPTの経口投与と同時に17β-Estradiol(10mg/ kg/ day)を皮下投与し、エストロゲンを補充した群も検討した(OVX+E2群)。投与終了翌日、子宮を摘出しLUC活性の測定を行った。その結果OVX群ではTPT投与によるLUC活性の変化は認められなかった一方で、エストロゲンを補充したOVX+E2群ではTPT投与による有意なLUC活性の増加が認められた。このことからTPT単独ではエストロゲンシグナルを修飾しないが、エストロゲン存在下でのみ子宮のエストロゲンシグナルを増強することが明らかとなった。また子宮におけるエストロゲン受容体(ER)の発現量をReal Time RT-PCR法により測定した結果、OVX群ではTPT投与による発現量の変化は認められなかったが、OVX+E2群ではTPT投与によるERα発現量の増加がみられた。以上よりTPTは子宮においてERα発現量を増加させることによりエストロゲンシグナルを増強し、性周期異常を引き起こす可能性が示唆された。