抄録
【目的】有機錫化合物は産業や農業において安定剤として広く使われている。その毒性について、動物実験で報告されているものは多いが、ヒトにおける症例は少ないのが現状である。今回、韓国の有機錫廃棄物を溶かし、金属錫を抽出する工場で働く労働者の中で、4人に一時的に記憶消失などの共通した中枢機能障害が現れたとの報告がなされた。これを受け、本研究では労働者の尿サンプルを分析し、有機錫化合物の有無の確認および原因物質の特定を行うことを目的とした。
【方法】労働者の尿サンプルを遠心して上清をとり、フィルターを通した。これに内標準物質として0.1 mg/LとなるようにGeを加えたものを分析サンプルとして用いた。これをHPLC-ICP-MSで分析し、ピーク位置を標品と比較することで物質を特定した。カラムは陽イオン交換カラム、移動相には5 mM HNO3, 6 mM NH4NO3, 1.5 mM pyridinedicarboxylic acidを用い、流速は0.7 mL/minとした。また、0, 0.05, 0.1, 0.2, 0.3 mg∝Sn/LのDMTおよびTMT、0, 0.05, 0.1, 0.2, 0.3 mg/LのGeをそれぞれ混合したものを検量線サンプルとして用い、尿サンプル中の各々の濃度を算出した。
【結果・考察】労働者の尿サンプル中からDMTおよびTMTが検出された。これにより、 有機錫廃棄物から金属錫を抽出する工場の労働者は有機錫化合物に曝露されていたと考えられる。また、中枢機能障害はTMTの毒性であるが、先行研究からDMTはヒトの体内でTMTに変換されうる可能性があり、DMT曝露においても中枢機能障害が現れることが示唆されている。また動物実験においては、DMTは体内でTMTに変換されることが証明されている。よって、本症例における原因はDMTとTMTの混合曝露あるいはDMTの単独曝露であると考えられる。