抄録
大気中の化学物質は、小児から高齢者まで人々が遍く曝露される可能性があり、その管理は環境保健上の重要な課題である。大気中の有害作用をもつ化学物質(有害大気汚染物質)については、1997年からベンゼンなど5物質に環境基準が、さらに「有害大気汚染物質による健康リスクの低減を図るための指針となる数値」としての指針値がアクリロニトリルなど9物質に設定されている。
指針値は「大気からの長期的曝露による健康影響を未然に防止する」ためのものであり、その観点から、指針値設定において発がんリスクの評価は重要である。実際、環境基準や指針値が設定されている14物質の内、7物質の設定根拠のエンドポイントが発がん性である。
いうまでもなく、発がん性の用量作用関係に閾値「あり」もしくは「なし」のいずれと判断するかにより、発がんリスク評価のあり方は大きく異なる。現在の指針値設定等のためのガイドラインである「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について(2014)」では、遺伝毒性(ガイドラインでは‘遺伝子障害’とする)の発がん性への関与の程度が、閾値の有無を判断する重要な基準としている。
その概略は、1)化学物質の発がん性に遺伝子障害が関与すると考えられる場合は、「閾値のない発がん物質であると判断し、ユニットリスクから評価値を算出」、2)化学物質の発がん性への遺伝子障害の関与が不確実な場合は、「ユニットリスクによる評価値の算出と NOAEL 等からの算出の両方を実施し、低い方の値を採用」、3)発がん性を有する化学物質が遺伝子障害性を持たないと推定される場合は、「閾値のある発がん物質であると判断し、NOAEL 等を求めて評価値を算出」としている。この‘遺伝子障害’の発がん性への関与の有無の判断は、in vitroあるいはin vivoの遺伝毒性試験の知見が基準となっているが、今後はin vivo試験の知見がより重要になると思われる。具体例を上げつつ、その課題を議論したい。