抄録
メチル水銀(MeHg)はタンパク質のシステイン残基をS-水銀化して、毒性を発現する環境中親電子物質のひとつである。我々はMeHgがGSH抱合化(フェーズ2反応)を受け、MRPを介して細胞外へ排泄される(フェーズ3反応)ことから、一連の反応に関与するタンパク質・トランスポーターが転写因子Nrf2で発現制御されていることに着目し、Nrf2がMeHgの解毒・排泄に重要な役割を演じていることを細胞および個体レベルで明らかにした(MeHgは酸化されないのでフェーズ1反応は関係しない)。次に、生体内でcystathionine α-lyase(CSE)やcystathionine β-synthase(CBS)等から産生される硫化水素(H2S)のpKa値6.76であることから、生理的条件下ではその大半がHSアニオンとして存在し、この求核分子がMeHgと反応して結果的にイオウ付加体を形成しているのではないかと考えた。その結果、MeHgを曝露した細胞中およびラット臓器中から新代謝物として(MeHg)2Sを同定した。しかし、最近の東北大・赤池教授らのグループとの共同研究により、CSE/CBSはシスチンを基質としてシステインパースルフィド(Cys-SSH)を生成する酵素であり、H2Sはその副産物である事実を発見した。興味深いことは、Cys-SSHの“可動性イオウ原子”はGSHに転移して、GSHパースルフィド(GSSH)やそのポリスルフィド(GSSSG)のような活性イオウ分子(Reactive Sulfur Species:RSS)を産生することである。そこで、(MeHg)2S生成機構を調べた結果、MeHgはGSSH、GSSSGだけでなく、タンパク質中に結合したRSSを捕獲して(MeHg)2Sを生成することが示唆された。
本シンポジウムでは、野生型およびCSE欠損マウスを用いた最近の研究成果を紹介して、MeHgの毒性発現と生体内レドックスホメオスタシスの破綻との関係について考察する。併せて、MeHgの捕獲・不活性化におけるRSSの意義(フェーズゼロ反応)についても議論したい。