抄録
メチル水銀は水俣病の原因物質として知られ、重篤な中枢神経障害を引き起こすが、その毒性発現機構およびそれに対する防御機構はほとんど解明されていない。近年、短い二本鎖RNA(siRNA)が相補的な塩基配列を持つmRNAを特異的に分解するRNA干渉法が見出され、注目を浴びている。そこで我々は、メチル水銀による毒性発現機構およびそれに対する防御機構の全容解明を目的として、約17,000種のヒト遺伝子転写産物を標的としたsiRNAライブラリーを導入したヒト培養細胞を用いてメチル水銀感受性に影響を与える遺伝子群の網羅的な検索を行った。その結果、発現抑制によって細胞にメチル水銀高感受性を与える遺伝子として113種を同定することに成功した。今回同定された遺伝子産物を機能別に分類したところ、シグナル伝達関連遺伝子(28種)、転写・翻訳調節関連遺伝子(13種)、細胞分裂・増殖・周期関連遺伝子(9種)、細胞内オルガネラ間の蛋白質輸送関連遺伝子(8種)、代謝関連遺伝子(7種)、細胞接着関連遺伝子(5種)などが含まれていた。一方、発現抑制によって細胞にメチル水銀耐性を与える遺伝子として180種が同定され、その中にはシグナル伝達関連遺伝子(25種)、転写・翻訳調節関連遺伝子(23種)、細胞内オルガネラ間の蛋白質輸送関連遺伝子(18種)、代謝関連遺伝子(17種)、トランスポーター関連遺伝子(14種)、細胞分裂・増殖・周期関連遺伝子(10種)、細胞接着関連遺伝子(6種)、ユビキチン・プロテアソーム関連遺伝子(4種)などが含まれていた。今回同定された遺伝子群がコードする蛋白質は、そのほとんどがメチル水銀毒性発現に関与することがはじめて示されたものであり、本知見はメチル水銀毒性発現機構およびそれに対する防御機構の解明に重要な手がかりを提供するものと期待される。今回は、メチル水銀感受性に影響を与える遺伝子群の同定ツールとしてのsiRNAライブラリーを用いた検索法の構築、および新たに同定された遺伝子産物のメチル水銀毒性発現における役割について報告する。