抄録
必須微量元素であるとともに毒性元素でもあるセレン(Se)の細胞毒性の一旦は活性酸素種(ROS)によるもので、こうした酸化ストレスに対し細胞は生体防御因子グルタチオン(GSH)の増産で応じる。一方、GSHによるSeの代謝過程で生成するセレンジグルタチオン(GSSeSG)には細胞障害性が知られており、GSHの代謝動態がSe毒性に及ぼす影響は単純ではない。われわれは、過剰なSeに対する生体防御反応として誘導されるGSH代謝動態の亢進がSeの細胞障害性を増強してしまう可能性を検証した。
亜セレン酸(H2SeO3)がMCF-7細胞の生育を阻害しない濃度(5 µM)において、GSSeSGはROSに起因する8-オキソデオキシグアノシンを増加させ、アポトーシスを誘導した。同濃度域ではH2SeO3はほとんど細胞内に取り込まれないにもかかわらず、GSSeSGはSeを蓄積させることがICP-MSを用いた元素分析により明らかになった。GSSeSGの取り込み経路としてシスチン輸送体であるxCTの関与を想定しxCT阻害剤スルファサラジンを前処理したところ、GSSeSGによる細胞内Se増加量が50%程度減少した。xCTに対するsiRNAを用いた発現抑制によってもGSSeSGによるSe取り込みは40%程度にまで低下した。GSHからシスチンへの分解反応を開始するγ-グルタミン酸転移酵素(γGT)の特異的阻害剤によりSe取り込みが減少した。
Seの毒性から生体を防御するために発動されたGSHの代謝動態亢進が、GSH合成の律速段階であるシステインの取り込み増加にともない、よりいっそうのSeを細胞内に蓄積させるという望ましくないフィードバックループを形成してしまう可能性が示された。GSHはSe以外にも様々な金属と相互作用することが知られており、今回明らかになった機序が各種金属の毒性増強にも加担していることが示唆される。