抄録
【目的】Diethylnitrosamine (DEN) は、肝臓、皮膚、呼吸器等の様々な臓器に腫瘍を引き起こす代表的な化学発がん物質で、肝臓では12週間投与で腫瘍性病変が生じることが報告されている。本研究ではDENにより引き起こされる肝発がん性について、発がんに至るまでのメカニズムを分子レベルで解明するために、18週間反復投与試験を行い、肝臓における経時的な遺伝子発現プロファイルを調べた。【方法】5週齢・雄Crl:CD(SD) ラットにDEN (0.8及び4 mg/kg/day) を2、4、6、8、10、13及び18週間反復経口投与した後、血液生化学的及び病理組織学的検査を行った。また、肝臓のマイクロアレイ解析によって各投与期間で有意に発現変動した遺伝子を抽出した後、経時的な変動を調べ、パスウェイ解析を行った。【結果と考察】4 mg/kg投与群で2週間後にALTの高値、4週間後にAST及びT-Bilの高値がみられた。病理組織学的検査では4 mg/kg投与群の2週間後からアポトーシスがみられ、6週間後から変異肝細胞巣、10週間後から卵円形細胞過形成及び線維化、13週間後から肝細胞腺腫が観察された。また、13及び18週間後の4 mg/kg投与群でGST-P+肝細胞巣の数及び面積の有意な増加がみられた。遺伝子発現量解析では2週間後からCYPsの有意な発現増加がみられ、p53パスウェイが活性化し、p21やCaspasesの発現増加もみられた。4週間から18週間後にかけて細胞増殖や炎症応答関連の遺伝子が活性化しており、投与後期では異所性の遺伝子 (Pcp4等) の発現増加がみられた。これらのことから、投与初期ではアポトーシスによる細胞障害が生じ、それを補うために細胞増殖が生じた可能性が示唆された。投与が進むにつれて細胞障害が重篤化したことで細胞増殖がさらに亢進し、卵円形細胞が出現したものと考えられ、この段階で異所性の遺伝子を発現する細胞が生じているものと推察された。これら一連の反応が線維化及び肝細胞腺腫のように異なる形態をもつ肝細胞若しくはがん細胞の生成に関与している可能性が示唆された。本研究によりDEN投与による発がん過程のメカニズムの一端を分子レベルで明らかにすることができた。