抄録
【目的】多環芳香族炭化水素であるBenzo[a]pyrene(BaP)やニトロ化多環芳香族炭化水素である1-nitropyrene(1-NP)は非常に強い変異原性を有し、また、様々な細胞に対して細胞死を誘導する。これら化合物の変異原性発現にはCYP1酵素による代謝活性化が必要とされる一方で、その細胞毒性発現に対するCYP1酵素の役割は明確とされていない。本研究では、マウス肝がん細胞株Hepa1c1c7(c7細胞)とCYP1A酵素誘導に関わる転写因子AhRの欠損細胞であるc12細胞を用いて、BaPや1-NPの細胞毒性発現に対するCYP1酵素の寄与を検討した。
【方法】 c7細胞およびc12細胞を48時間前培養したのち、BaPを0-10 µM、1-NPを0-50 µMとなるようにそれぞれ添加した。72時間培養後、細胞の生存率をAlamar Blue Assayにより検討した。さらに、無処置ラット肝S9(CS9)およびCYP1A誘導剤であるβ-ナフトフラボンを投与したラット肝S9(BS9)を培養液中にそれぞれ添加し、BaPおよび1-NPの細胞毒性に及ぼす影響についても検討した。
【結果・考察】 BaP、1-NPはいずれもc12細胞に比べてc7細胞においてより強く細胞死を誘導した。特にc12細胞では、最大濃度の1-NP処理によっても細胞死の誘導は見られなかった。c7においてはAhRやその標的分子(CYP1A1、CYP1B1)が高発現しており、これら発現の相違が細胞毒性の発現に関わることが示唆される。さらに、CS9とBS9を培養液中に添加した場合には、BaPによる細胞死誘導はCS9添加でわずかに、BS9添加で強く抑制された。このことから、細胞外CYP1A酵素はBaPの代謝を通してBaPの細胞内取込み量の低下や解毒をもたらすことが示唆された。一方、1-NPによる細胞死誘導はいずれのS9を添加した場合にもほとんど抑制されなかったことから、1-NPはCYP1A酵素の基質となりにくい、あるいは、生じる代謝物も同程度の細胞毒性しか示さないと考えられる。