化学物質の発がん性評価は、一般にげっ歯類を用いた発がん性試験結果をもとに行われる。しかし、ヒトの標的臓器がげっ歯類を用いた発がん性試験における標的臓器とどの程度共通性があるかについて総括的解析はほとんど行われていない。本研究では、げっ歯類を用いた発がん性試験における標的臓器のヒトへの予測性について解析することを目的とし、本邦における優先評価化学物質のうち詳細なリスク評価が進められている物質及び/又はIARC Group 1の物質の中から32物質について動物とヒトの発がん標的臓器を比較した。さらに、動物でのTD50を指標とした発がん性の強度及びばく露経路による標的臓器の違いにも注目した。その結果、標的臓器について一致が認められたものが12物質(37.5%)、動物とヒトで共通の標的臓器が少なくとも一つある物質が12物質(37.5%)、動物とヒトで標的臓器が異なるものが8物質(25%)であった。発がん標的臓器に一致が認められた物質の半数(12物質中6物質)は、ばく露経路の違いによらず第一ばく露部位における発がんであり、これは種差による代謝の違いの影響を受けにくい、あるいは組織障害性が強いことなどに起因すると考えられた。また、げっ歯類を用いた発がん性試験結果における標的臓器のヒトへの外挿性は発がん性の強度と比例する傾向がみられた。今回の解析における標的臓器として、肝臓が実験動物では16物質、ヒトでは4物質、リンパ系が実験動物とヒトに共通で4物質、ヒトだけで3物質、膀胱が実験動物とヒトに共通で4物質、ヒトだけで4物質と、ヒトと動物で標的臓器に異なる特徴がみられた。以上、本解析範囲内においてげっ歯類の発がん性試験での標的臓器がヒトと一致が認められたのは約40%であり、動物とヒトで共通の標的臓器が少なくとも一つある物質を含めると、標的臓器の予測性は全体の約75%と考えられた。