人のシックハウス症候群(SH)の原因物質として、平成14年「厚生労働省シックハウス問題に関する検討会」により13物質が、守るべき指針値と共に掲げられた。この指針値と、通常実施する吸入毒性試験で得られる無毒性量(病理組織学的な病変に基づく)を比較すると、両者には概ね1,000倍程度の乖離があることから、SHに関して毒性試験情報を人へ外挿することの困難さが行政施策上、問題とされてきた。これに対応すべく、先行研究にてガス体11物質を指針値レベルでマウスに7日間吸入ばく露し、肺、肝の遺伝子発現変動を高精度に測定し、そのプロファイルを分析した(Percellome法)。うち、構造骨格の異なる3物質について、海馬での遺伝子発現変動の結果、3物質が共通して神経活動の抑制を示唆する変動を誘発することが明らかとなり、その分子機序に関わる共通因子が推定された。
これを裏付ける情動認知行動の異常を確認する目的で、ホルムアルデヒドとキシレンについて、各指針値の10倍濃度にて、22時間/日×7日間反復吸入暴露を成熟期(11〜12週齢)の雄性マウスに実施し、3種類の情動認知行動バッテリー試験により解析した結果、暴露終了日では、両物質に共通して空間-連想記憶及び音-連想記憶の低下が認められた。続いて、生後2週齢から3週齢時(幼若期)に、各指針値の10倍濃度にて22時間/日×7日間反復吸入暴露を実施し、成熟後12週齢時に情動認知行動解析を検討した結果、キシレンでは音-連想記憶の低下が認められ、遅発性に情動認知行動に影響することが明らかとなり、生後脳発達への有害性が示唆された。
更なる評価手法及び基準の一般化を進めるため、第21回の検討会(平成29年)が掲げた、SHが疑われる新たな室内揮発性有機化合物2-エチル-1-ヘキサノールに本手法を適用しており、この解析結果についても報告する。