生体内微量元素セレン(Se)はessential poisonといわれる。旧来より毒性元素として知られていたにもかかわらず、ヒトを含む動物の生育における必須ミネラルの一つであることが明らかにされたためである。遺伝暗号としてコードされた数多くのSeタンパク質の機能とともに明らかになるであろうSeの生理に対し、Seの毒性は化学形ごとに代謝経路と作用強度が異なる等の複雑さにより、そのメカニズムを解明に導く指針は明示されていない。
われわれは、Seが同族元素のイオウ(S)を介した生体システムに潜り込むことで、このSシステムを破綻させ毒性を発揮するのではないかと考えている。Seの実験や医療で使用される亜セレン酸は、グルタチオンと結合し、Sアミノ酸であるシスチンの輸送体xCTによって細胞内に取り込まれることを明らかにした。また、細胞のSe処理によって防御システム構成因子の発現は上昇した。細胞内の遊離Seは活性酸素を発生させ細胞を障害するが、これをくい止めるべく生体防御システムが発動する。しかし、この防御システムの活性化はSeの流入を加速させるためかえって酸化障害は増大し、正のフィードバックがかかったシステムは制御不能に陥り、最後には破綻して細胞死を迎える。
Seの毒性発現用量は耐容上限量に近接しており突如として毒性が現われるといわれているが、それは防御システムの発動が毒性発現を加速してしまうというSe特有の仕組みによるものである可能性がある。本知見に基づけば、Sシステムのフィードバック回路を一時的に切断することでSe中毒の解毒において著効が期待され、逆にこの仕組みを利用することで生育を望まない細胞群(がん)を牽制することも考えられるだろう。