【目的】有機スズ化合物は生体への影響から使用が規制されているが、現在も海底質から検出されており、その毒性メカニズムの解明は重要である。当研究室では、有機スズ曝露により引き起こされる神経毒性に核呼吸因子(nuclear respiratory factor;NRF)-1が重要な役割を果たすことを明らかにしてきた。NRFは種々の生体必須遺伝子の発現に関与する転写因子群であり、そのファミリーとしてNRF-1とNRF-2(GA-binding protein;GABP)が知られている。GABPに関しては、化学物質の毒性への寄与や詳細な機能は明らかではない。しかし、NRF-1と同様に細胞生存に重要な役割を果たす可能性は十分に考えられるため、本研究では有機スズのGABPに対する影響評価およびGABPの機能解析を行った。【方法】ヒト胎児由来腎臓上皮細胞(HEK293T)にトリフェニルスズ(TPT)を曝露後、細胞質画分と核画分におけるGABPαタンパク質発現量を評価した。ドキシサイクリン(Dox)依存的にGABPαを標的としたshRNAが発現するDNAコンストラクトをHEK293T細胞に導入し、GABPαノックダウン細胞を作製した。GABPαの発現低下が認められるDox添加48時間後の遺伝子発現量をDNAマイクロアレイにより網羅的に解析した。タンパク質発現量はウエスタンブロット法、mRNA発現量はリアルタイムPCR法により評価した。【結果・考察】100 nM TPT 6時間曝露後、核画分においてのみGABPαタンパク質は有意に減少した。これよりTPTはGABPαの核移行を阻害することが示唆された。GABP機能低下時の遺伝子発現変動を探るため行ったマイクロアレイの結果、種々の膜タンパク質関連遺伝子などの発現変動が多く認められたことから、細胞機能に影響を及ぼすGABPの新たな機能の存在が示唆された。また、GABPはROSの産生により核移行が阻害される報告があり、今回の毒性メカニズムもTPTによるROSの産生が関与している可能性が考えられる。今後、本研究により見出した下流遺伝子と推定される遺伝子群を解析していくことで、TPTの毒性メカニズムおよびGABPの新規機能解明の一助となることが期待される。