【目的】ポリカーボネートやエポキシ樹脂の原料として汎用されてきたビスフェノールA(BPA)であるが、内分泌かく乱物質としてその負の生体影響が懸念されている。BPAはエストロゲン作用を示すが、in vitroでは環境レベルを超える高濃度のBPAが必要とされることから、in vivoでみられるBPAによるエストロゲン作用が説明できないという問題があった。ごく最近、我々はBPAの代謝物であるMBP (4-methyl-2,4-bis(4-hydroxyphenyl)pent-1-ene)がBPAよりも極めて低濃度でエストロゲン受容体(ER)陽性の乳がん細胞の増殖を促進することを見出した (Hirao-Suzuki et al., Mol. Pharmacol., 95: 260-268, 2019)。本研究では、MBPの親化合物のBPAと比較することにより、MBP によるER陽性乳がん細胞の増殖促進機構を明らかにすることを目的とした。
【方法】ヒトのER陽性乳がん細胞であるMCF-7細胞を用いて、MTSアッセイ、ルシフェラーゼアッセイ、リアルタイムPCRおよびウエスタンブロッティングを行った。
【結果および考察】BPA およびMBPは細胞増殖およびエストロゲン応答配列(ERE)の活性化を指標とした転写を促進し、その強さはMBP > BPAであった。1nMのMBPはEREに作用する主なサブタイプであるERαのmRNA/タンパク質発現を有意に抑制した。一方、1nMのBPAはERαの発現に影響を与えなかった。MBPはERαの発現を抑制したにもかかわらず、ER/EREを介した転写を活性化していたことから、MBPはERαではなくERβを介して転写を活性化することが示唆された。そこで、MBPとERβの選択的アンタゴニスト(PHTPP)を共処理し、転写活性および細胞増殖を解析した。その結果、MBP誘導性の転写活性および細胞増殖はPHTPPにより抑制された。本研究により、MBPによるER陽性乳がん細胞の増殖促進機構は、親化合物であるBPAとは異なり、ERαの発現を抑制し、顕在化したERβの活性化を介することが明らかとなった。