コメは日本人にとってカドミウム(Cd)・ヒ素(As)の主要な摂取源である。それら有害な化学物質の長期間摂取による潜在的な健康被害リスクを防ぐ上で、生産現場で実行可能なイネの吸収抑制対策は必要である。現在、Cd吸収抑制対策として出穂前後の湛水管理が奨励されているが、そのような水管理はAs吸収を助長させるため、生産現場において両物質を同時に低減させることは難しい。一方、イネのCd・As輸送に関わる分子メカニズムは近年大きく解明され、低吸収品種の育成に向けた分子育種が可能な段階になった。本発表ではイネのCd・As研究における当研究グループの最近の成果を紹介しつつ、今後の課題や展望について議論する。
我々は、Cdをほとんど吸収しないイネ品種を突然変異育種法で開発し、「コシヒカリ環1号」の品種名で種苗登録した。この品種はマンガン輸送体遺伝子OsNramp5が変異し、根のCd吸収が大きく抑制されている。OsNramp5の変異部位を検出するDNAマーカーを活用して、コシヒカリ以外のイネ品種もCd低吸収タイプに替える分子育種が現在進行中であり、今後は新たなCd低吸収性品種の登場が期待される。
イネは2つのケイ酸輸送体(Lsi1とLsi2)を経由して亜ヒ酸を地上部まで運ぶが、玄米のAs集積は節で機能するファイトケラチン(PC)合成酵素(OsPCS1)とPCと亜ヒ酸の複合体を液胞に隔離する輸送体(OsABCC1)によって制御されていることがわかった。特にOsPCS1をイネで高発現させると、玄米の無機As濃度が低下するため、無機As集積の少ない品種を育種する上で重要な遺伝子であることがわかった。
今後、As低吸収性の品種が開発されれば、「コシヒカリ環1号」との交配を通してCdもAsも低いイネ品種が完成し、コメからの摂取量は大幅に低減すると期待される。