無機ヒ素の長期曝露によって発癌がおこるがそのメカニズムは詳細には明らかになっていない。細胞の老化は不可逆的な細胞の増殖停止で定義されるが、老化した細胞によるsenescence-associated secretory phenotype (SASP) と呼ばれる分泌現象を介して発癌促進に寄与することが知られている。肝臓癌においては特に星細胞の細胞老化が発癌に寄与することが報告されている。当研究室ではこれまでにヒ素曝露による肝臓癌の発症メカニズムを明らかにするために、肝星細胞の細胞株であるLX-2に無機ヒ素曝露を行うことによって細胞老化が誘導され、細胞増殖に関わるSASP因子であるIL-8の顕著な遺伝子発現量の増加がおこることを明らかにした。本研究では初めにこれまで検討したIL-8以外のSASP因子の遺伝子発現量が増加しているかを検討した。その結果、LX-2細胞に亜ヒ酸ナトリウム5, 7.5 μMを6日間曝露することによってSASP因子であるIL-1β, CXCL1, MMP1, MMP3の遺伝子発現量が濃度依存的に顕著に増加していることが明らかになった。
次に、ヒ素曝露による発癌は曝露を終了しても、潜伏期間を経て発症することが知られているため、LX-2細胞におけるヒ素曝露による影響も、曝露を中止しても維持されるか検討を行った。LX-2細胞に亜ヒ酸ナトリウム7.5 μMを6日間曝露後、培地からヒ素を除いてさらに5日間培養した結果、IL-1β, IL-8, CXCL1, MMP1, MMP3の遺伝子発現量は対照群と比較して有意に発現が高い状態が維持されていた。また細胞の膨化、扁平化といった形態学的な変化も継続して観察され、細胞老化マーカーP21の高発現、LAMINB1の低発現も観察された。
以上の結果から無機ヒ素曝露による肝癌の発症メカニズムとして肝星細胞の細胞老化を介したSASP因子の亢進が関与する可能性が示され、潜伏期間を経ておこるヒ素の発癌メカニズムの一端を明らかにした。