トランス脂肪酸(TFA)は、トランス型の炭素間二重結合を有する脂肪酸の総称で、生体内では合成されず、加工食品などの摂取を通して体内に取り込まれる。これまで多くの疫学研究から、循環器系疾患、神経変性疾患などとの関連が指摘されてきたが、詳細な発症機序は不明である。我々は最近、TFA関連疾患の発症・進展に深く関わるDNA損傷に着目し、DNA二本鎖切断誘導剤であるドキソルビシンを処置した細胞で、TFAが、DNA損傷応答制御に重要な転写因子p53非依存的に、ミトコンドリア由来の活性酸素(ROS)産生上昇に伴うストレス応答性MAPキナーゼp38/JNKの活性化増強を介して、アポトーシスを促進することを明らかにした(Scientific Reports, 10(1), 2743: 2020)。そこで、DNA損傷の多様な様式間での細胞死促進機構を比較したところ、DNA鎖間架橋誘導剤であるシスプラチン処置時には、全く異なる分子機構で細胞死促進が起きることを見出したため、詳細に解析を行った。
ヒト骨肉腫U2OS細胞を、代表的なTFAであるエライジン酸(EA)の存在下でシスプラチン処置した際の細胞死促進作用は、p53欠損によって顕著に抑制された。この細胞死促進作用は、JNK阻害剤、p38阻害剤またはNADPHオキシダーゼ阻害剤で抑制された一方、ミトコンドリア由来ROSの消去剤では抑制されなかった。また、この時EA存在下ではROS産生やp38/JNK活性化の増強が認められた。これらの結果から、EAなどのTFAは、DNA鎖間架橋誘導剤であるシスプラチン処置時には、NADPHオキシダーゼを介したROS産生やp38/JNK活性化の増強を介して、p53依存的なアポトーシスを促進することが示唆された。従ってTFAは、DNA損傷様式の違いが規定する、全く異なる細胞死誘導シグナルを惹起・増強することで、アポトーシスを促進し、関連疾患発症に寄与するものと考えられる。