低分子化合物を処理した培養細胞のトランスクリプトームデータは, 当該化合物の生物学的情報を記述する多変量(プロファイルデータ)であり, その解析により新規作用発見や毒性評価が可能である。一般のプロファイルデータ解析手法では, 化合物を特徴的な変数群で表し解析する。しかし化合物の作用は複合的であり, 化合物の特性を一括りにする一般的な手法では, 作用強度が高く見出しやすい作用以外の副次的作用の検出は困難である。このような課題に対し, 我々はこれまでにプロファイルデータの因子分析により化合物の作用を分離して理解する手法を考案している。本研究では, 構造が非常に類似した天然物由来の2化合物に対し本手法を適用し, 未報告の作用の検出能力, 及び構造類似化合物の弁別能を評価した。
300弱の化合物を処理したMCF7細胞のプロファイルデータを公共データベースより取得し, 解析対象とした。各化合物の作用は, 分離された作用を示す重み付き遺伝子群と, それらの作用強度を示す係数(スコア)により表される。天然物Resinnamine (RES), 及びその誘導体であるSyrosingopine (SYR)を解析したところ, 両化合物との関係性が未報告な複数の作用を見出した。まず両化合物共に推定されたHDAC阻害作用に着目した。両化合物をMCF7細胞に処理し, 細胞中のHDAC活性を評価したところ, HDAC活性が減弱することを見出した。特筆すべきことに作用強度は各化合物のHDAC阻害作用とスコアは相関していた。次にRESでは高いもののSYRでは低いスコアを示したコレステロール蓄積作用に着目した。両化合物を処理したMCF7細胞中のコレステロール蓄積を評価したところ, RES処理群でのみコレステロールの蓄積が認められた。以上は, 作用分離解析は化合物の未報告の作用を検出可能であること, 及び構造類似体も弁別できる可能性があることを示す。