ヒトの腸管内には多種多様な細菌が在住し、それらが産生する代謝産物は宿主の健康に大きな影響を及ぼしている。近年の研究により、乳児期の腸内菌叢の形成は、乳児期だけではなく成長後の宿主の生理にも影響していることが明らかになってきた。しかし、腸内菌叢形成の法則性や個人差の程度、腸内の代謝産物との関連性は、まだ十分にわかっていない。本研究では、乳児期の腸内菌叢の形成過程および誕生直後に最優勢となるビフィズス菌に注目した検討を行い、ビフィズス菌の定着機構と宿主に与える影響について考察した。
乳児腸内菌叢の形成過程を12名について経時的に調べたところ(合計202検体)、乳児の腸内菌叢は、大腸菌群、ブドウ球菌群、ビフィズス菌群のいずれかが最優勢であることを特徴とする3つの群に群分けできること、徐々にビフィズス菌優勢の菌叢に移行すること、その移行時期は乳児により異なることがわかった。
さらに最優勢のビフィズス菌の表現型と遺伝特性に注目した検討を行ったところ、母乳オリゴ糖(HMO)の利用性は菌株間で異なることがわかった。ゲノム解析の結果、この表現型の違いはHMOの主成分のフコシルラクトース(FL)を菌体内に輸送するABC輸送体の有無により説明できることを見出した。このABC輸送体遺伝子を欠損させたビフィズス菌株を作製したところ、FLを利用できなくなり、この輸送体がFL利用の中心的な働きを担っていることが確認された。さらにFLを効率よく利用できる菌が定着した乳児では、利用できない菌が定着した乳児に比べ、便中有機酸濃度が高く、便中のpH、大腸菌群の占有率が低いことが分かった。FL利用ビフィズス菌の定着による腸内環境の変化は、宿主にとって有益な作用が多く報告されている。すなわち、本研究で見出したビフィズス菌のFL用のABC輸送体は、腸内菌と乳児の共生関係の鍵となる因子であると意義付けることができる。