日本毒性学会学術年会
第50回日本毒性学会学術年会
セッションID: AWL4
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受賞者講演
抗体医薬品によるサイトカイン放出症候群(CRS)に関する研究
*岩田 良香
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抄録

 2006年、CD28スーパーアゴニスト抗体TGN1412の治験において、重度のサイトカイン放出症候群(CRS)により、被験者6人全員が一時多臓器不全に陥るという極めて重大な事故が起こった。CRSは、免疫細胞の過剰な活性化により血中にサイトカインが大量に放出され、発熱、頭痛、呼吸困難、頻脈、血圧変動などの症状が起こり、重篤な場合は死に至る。TGN1412のヒト初回投与量は、カニクイザル毒性試験から求めた無毒性量の500分の1に設定されており、動物を用いた毒性試験のヒトCRS予測における限界が明らかになった。そこで、現在ではヒト細胞を用いたin vitro試験法が潜在的CRSリスク検出のために使用されている。本研究では、抗体医薬品によるCRSリスク検出及びその低減に関する研究を行った。

 CRSリスク検出の目的で用いられる、主な2種のin vitro試験法として、ヒト全血と液相抗体を用いた方法(whole blood cytokine assay; WBCA)及びヒト末梢血単核球と固相化した抗体を使用する方法(PBMC法)がある。我々は、WBCAの試験条件を見直し、TGN1412のCRSリスクを検出するのに十分なサンプルサイズを設定し、潜在的CRSリスクを検出する汎用試験法としての有用性を示した。次に、TGN1412を用いてWBCA及びPBMC法におけるサイトカイン濃度及び産生細胞を測定し、2つの試験法の比較を実施した。その結果、TGN1412が誘導するサイトカインの種類及びその産生細胞が2つの試験法で異なることが明らかになった。この結果は、抗体医薬品のメカニズムを理解し、その抗体医薬品に適した試験法を用いてCRSリスクを評価する必要があることを示している。

 抗体改変技術の進歩により、がん抗原とT細胞に発現するCD3という2つの分子に結合できるT cell engager(TE)が開発され、がん免疫療法の一つとして注目されている。TEは効果的にがん細胞を除去するが、臨床使用ではCRSが大きな問題となっている。抗GPC3/CD3 TEをカニクイザルに単回bolus投与すると致死的なCRSを誘発するが、連日漸増投与することで、単回投与の致死用量においても重篤なCRSを誘発しないことを報告した。TEの漸増及び反復投与により、経験的にCRSの頻度や重症度が低下することが知られているが、その機序は不明であった。そこで、TEの反復刺激によりサイトカインリリース抑制が起こる状況をin vitroで再現してヒト免疫細胞の変化について検討した。CD3発現に変化は無く、CD3からのリン酸化シグナルカスケードも作動しており、転写因子の誘導も認められた。それにもかかわらずサイトカインのmRNA産生が低下していたことから、エピジェネティック変化を疑い、ATAC-seqを用いてクロマチン状態を測定した。その結果、TE初回刺激によりT細胞のIL2転写調節領域のオープンクロマチン領域が閉じ、転写因子のアクセシビリティが低下することが明らかとなった。また、個人ごとのサイトカイン遺伝子転写調節領域のクロマチン状態とin vitro刺激後のサイトカイン量との間に相関がみられた。T細胞のエピジェネティックな変化を捉えることにより、サイトカインリリース抑制状態のモニター並びにサイトカインリリース個人差予測への可能性を見出した。本研究を発展させ、がん免疫療法抗体医薬品の大きな問題であるCRSを回避する戦略と、CRSリスクの個人差を測るバイオマーカーの探索に繋げていきたい。

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