日本毒性学会学術年会
第50回日本毒性学会学術年会
セッションID: SL6
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特別講演
モロシヌスマウスの遙かな旅
*城石 俊彦
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抄録

 生命科学で汎用されているC57BL/6などの近交系マウス系統のゲノムは、異なる亜種由来のゲノム配列から構成されるモザイク構造を持つ。そのゲノムの大部分は、西ヨーロッパ産亜種Musculus musculus domesticusに由来し、残りの配列(全ゲノムの6〜7%)は主に日本産亜種M. m. molossinusに由来する。詳細な比較ゲノム解析により、現存する日本産愛玩用マウス由来のJF1/Ms系統の祖先が近交系マウスにおけるM. m. molossinusゲノムの起源となっていることがわかっている。古い文献の調査により、江戸時代末期に日本で愛玩されていたJF1/Ms系統の祖先が欧州にわたり、そこで西ヨーロッパ産亜種由来のマウスと交配して得られた繁殖コロニーから樹立されたのが現在の近交系マウスであると考えられる。異なった亜種由来のマウスが混じることによって、さまざまな分野で利用されている近交系マウス間のゲノムや表現型の多様性が生み出されており、マウスを研究材料とする場合には、その点に留意した研究計画を立てる必要がある。 

 同様のゲノムのモザイク構造は、現代人のゲノムにも見られ、ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノムのごく一部がホモ・サピエンスのゲノムの中に散在していることが分かっている。興味深いことに、ヒトでもマウスでも、モザイク状のゲノム構造はランダムに形成されたものではなく、何らかの遺伝的制約の下で構築された可能性が考えられる。実験用マウスの近交系統やJF1/Ms系統は、哺乳類のモザイクゲノムの形成に寄与した遺伝的制約を明らかにするユニークな研究材料となるかもしれない。

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