抄録
サラワク森林局が行って来た現地産有用樹の試験的人工造林の試みは,林分が現存するもので1920年代まで遡ることができる。本研究は,サラワク森林局が同州クチン地区セメンゴー森林保護区に1973年3月に試験的に造成した,オオバサラノキShorea macrophylla斉同齢林の21年間の樹高生長を解析したものである。同齢林の植裁総面積12,9haは,面積0.81 haの小区画16個に分割され,各小区画ごとに施肥レベル(施肥および無施肥の2水準)と植裁種 (S. macrophyllaおよびS. pinangaの2水準)を変化させて,植裁および林分管理が実施されてきた。本研究では16区画の中から,S. macrophyllaを植裁し,かつ無施肥で栽培管理を行った1植裁試験区画,B1A0を標本小林分として抽出した。
標本小林分の仕立て方はマレーシア連邦で普遍的なラインプランテング法に基づく。ライン間隔は10m,ライン上の植え付け間隔は4.6m,植裁密度は154/0.81 haであった。植裁時の苗サイズは未測定であるものの,植え付け直後2カ月めの平均樹高0.54mは,植裁時の苗サイズを窺うに十分である。この林分では1973年5月から1994年4月までに至る21年間で,15回の生長測定が実施された。1994年の調査時までに32個体が死亡し,立木密度は122/0.81haに減少した。主な死亡要因としてシロアリによる食害があげられる。植裁後21年の平均樹高は19mで,植え付け後2カ月目の樹高の35倍の生長が認められた。樹高から推定した21年後の平均個体重は190kgとなった。 標本小林分内の全植裁木154個体の樹高x(m)の時間t(年〉方向での生長軌道を,個体ごとに単純ロジスチック曲線x = K / (1 +k0exp[-rt])で近似し、非線形最小自乗法を用いて曲線の3係数r, K, k0を推定した。係数の推定に際しては、時間方向で生ずる係数の変化を無視し、一個体一軌道とした。シロアリの食害や強光阻害によると思われる樹高の減少(ダイバック)が多くの個体で生じたが、ダイバックが認められた場合でも一個体一軌道の原則に基づき、一つの生長軌道を複数の部分に区分することを避けた。1994年時までの生残木122個体については、3係数の推定値を得た。死亡個体32個体中1個体については、複数回にわたるダイバックに起因して生長軌道が不規則となり、係数の収束値を得るに至らなかった。個体ごとに求めた実測値~計算値間の決定係数は0.76から1.0の範囲にあった。このようにして求めた3係数を、植栽後21年時点の生残個体とそれまでに死亡した個体の間で比較すると、死亡個体は生残個体に比べきわめて大きなrと小さなKを持つことが判明した。死亡個体の大きなrはダイバック減少に対する適応を、小さなKは大型個体による被圧を示唆した。rとKは有意な負の相関をもって連続的に変化し、r~K連続体を構成した。このr~K間の拮抗関係は2編量が資源的に制約されるとする従来の知見を指示すると共に、rをグラフの横軸、Kを縦軸とするr~K連続体図は資源投資に関する個体間差を表すのに利用できる。生残個体の平均rは概して大きく、0.0831/年となった。この平均rは我国の収穫表記載のスギ人工林のそれに比べ3.6倍の値であり、理想的木材生産用造林木が持つべき条件として期待される、急速初期生長の特性を備えている。熱帯雨林地帯における人工造林の困難性は、恵まれた気候条件に適応した樹木の生活し特性に由来する。筆者らが既に提案している熱帯雨林地帯における極相陽樹は、先駆種と極相種の生活史特性シンドロームを検討する事から得られたものであり、理想的造林樹種が満たすべき条件の多くを具備している。オオバサラノキは極相陽樹の典型であり、造林用樹種としてその将来が期待される。