抄録
本稿の目的は『源氏物語』第二帖「帚木」から第三帖「空蝉」にかけての「空蝉物語」
に離散値系ウェーブレット変換を適用し,源氏と空蝉の出会いから終焉までの,心象的
変動,すなわち,心の揺れを考察することである.
要素として「会う方向」「会わない方向」「思慕」を示すことばを選び,段落ごとの
使用頻度を調べた.次に離散値系ウェーブレットの多重解像度解析を適用した.その結果,
源氏の場合第1パートと第2パートで「会う方向」と「思慕」に揺れが見られるが,第3
パートではともに低くなり,「会わない方向」が高くなる.「会わない方向」は第1
パートから第2パート,第3パートへ行くにしたがって徐々に高くなっていく傾向が見
られた.空蝉の場合,第1パートは「会う方向」,第2パートでは「会わない方向」が
顕著であり,自己の身意識によって感情を理性で抑えようとする.しかし第3パートに
なると対象そのものへの「思慕」が感情の中心を占める.
源氏は感情の起伏が大きく,「空蝉物語」が源氏の青春の心の惑いと喪失感を痛感
させる物語であり,かつ空蝉に翻弄されていることが検証された.また,空蝉の身分意識
が源氏を翻弄し,源氏からのアプローチが思慕を募らせる根拠であったことも明らかになった.