小売・消費者サービスを中心とする事業者は,中心市街地の活力を支える重要な主体の一つであるが,事業者の働きかけを通じて固有の質をもった都市空間,すなわち界隈が形成される過程に対しては,従来の研究で十分な関心が向けられてこなかった.事業者は,交通アクセスや人口集中のみならず,建造環境の歴史性に凝縮された空間文脈を経営資源の一部として読み込み,同時に,都市空間に人々の交流を生み出すことで,界隈が有する個性の深化に寄与しているのではないか.そうした仮説を出発点として,本研究では,空間・社会の弁証法と言うべき相互関係の一翼を担う事業者の働きに光を当てるべく,内陸寄りの安全な土地と海に開かれた岸辺の両方に歴史的な核が発達した地中海の港湾都市,カンブリルス(スペイン,カタルーニャ自治州)を調査対象に選んだ.フィールド調査にもとづく分析の結果,地区内外の交流をとりもつことで,歴史的な象徴性と中心性を蘇生しようと試みる歴史地区の事業者,小規模路面店の経営を通じて,漁業集落を起源とする建造環境を柔軟に継承する港地区の事業者というように,個性的な界隈形成に果たす事業者ならではの興味深い働きが見出された.併せて,歴史地区と港地区の個性深化にとって,両地区の間のライバル意識がポジティヴに作用していることを指摘した.