2020 年 15 巻 p. 110-117
本稿は複雑な歴史をたどってきた台湾の台北市を事例に,近年における台湾の本土化の流れで行われてきた古蹟指定と歴史的遺物の取り扱いに着目し,台湾の政治・経済・文化の中心である台北市中心部である中正區におけるマルチ・エスニックな台湾の表象について明らかにする.台湾においてはその複雑な政治情勢から,人々の意識は歴史的遺物に対して積極的に向けられてこなかった.しかし,1980 年代からの民主化の流れのなかで,次第に台湾独自の経験に目が向けられるようになり,日本による植民地支配をも台湾固有の経験,すなわち台湾の歴史の一部として客観的に受け入れるようになった.1980 年代に古蹟指定された物件はすべて清朝時代の歴史的遺物であったが,1990 年代には日本時代の遺物も古蹟指定がなされるようになった.台北市は他の都市よりも政治性をはらんだ歴史的遺物が数多く残存し,民主化以降,その可視化が顕著にみられる.