貝類学雑誌
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深海性イガイ科二枚貝スエヒロマユイガイの分布, 生活様式並びに相対生長
堀越 増興土田 英治
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1984 年 43 巻 1 号 p. 86-100

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抄録
深海性イガイ科二枚貝Adipicola〔=Myrina〕longissima(Thiele et Jaeckel)スエヒロマユイガイ(新称)は, これまで2回しか報告されたことがないが, 白鳳丸KH-72-1次航海において, Sulu海(深度1712-1840m)で老成標本2個体と, 紀伊半島江須崎沖(479-528m及び462m)で成貝3個体とを採集した。模式標本はインドネシアのスマトラ島西岸と, その直ぐ沖合のニアス(Nias)島の間の漸深海帯(深度1150m)からドイツの深海調査船バルディビア号によって得られ, 次にデンマークのガラテア号がフィリピンのミンダナオ島北西方の深度1500mから採集されている。両者とも深海底に沈んだ"ココヤシ様"の, もしくは"ココヤシ"の実から採集されたと述べられているが, 今回の採集標本はやはり漸深海帯の深度から得られてはいるものの, ココヤシではなくニッパヤシの実に付着しており, 半ば埋れるようにして生活していることが知られた。紀伊半島沖の産地は, ニッパヤシの繁茂する地域(フィリピン以南)からは遠く離れているが, 黒潮によって運搬されるために, その実の遺骸は海底に稀れならず見られる。しかし, その存在様式は散在的で, その沈積は予想不可能(unpredictable)である。貝殻表面の生長輪を辿って生長の各段階における形態の変化を追ったところ, 5mm前後では本属に典型的な形であったが, 10mm頃から特に後部が長細くなり, 20mm以上では後部が著しく拡がって扇状となる。これは幼生が, 半ば壊れたニッパヤシの頂部に露出する繊維の束の先端に付着した後, 嘴状の花柱が朽ちて生じた孔に沿って内部に進入して細長く生長し, さらに後部が繊維の束の末端に達すると, 貝殻の後部が扇状に拡がるのであろうと思われる。殻頂部に成貝の殻とは明らかに区別し得る若い生長段階の部分が明瞭に認められ, さらにその頂部にもう一段階若い部分が認められた。この二段階は卵黄栄養型の幼生の殻(prodissoconch)と, 稚貝期(juvenile)の特殊な殻(nepioconch)に当るものかと思われる。ニッパヤシの実の幼生の定着様式に関して, (1)底生発生型(demersal development type)と呼ばれるような(恐らく卵黄発生型の)幼生による深海底における現場での定着の可能性と, (2)浮遊幼生が海洋表層で付着し, 後に海底に沈積し, その間に海流で運搬される可能性との, 2つの可能性について論じた。
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© 1984 日本貝類学会
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