抄録
本研究は除草剤シメトリンに対するイネ各品種の有する生理・生化学的性質が, 温度変化に伴ってどのように変化するかを調べる一環として, 前報において報告した吸収, 移行の変化にひきつづき, 各品種の有するシメトリンの分解・代謝能の変化について検討したものである。
イネの中から日本型でシメトリンに対して抵抗性である品種「日本晴」, インド型で感受性の品種「IR-8」を選び, 両品種とも水耕法により3.2~3.4葉期まで生育したものを供試した。処理2目前に温度の異なった人工気象室 (高温区: 昼32℃, 夜27℃, 低温区: 昼25℃, 夜20℃) に移し, シメトリンの処理は, 各品種の根部をそれぞれ9.39×10-6Mの14C-シメトリン水溶液 (13.6μCi) に2時間浸漬することにより行った。処理終了後はシメトリンを含まない水耕液に移して栽培した。処理は各30個体を1連とし2連で行った。
所定時間後に採取し根部と茎葉部に分け, それぞれを90%メタノール中で磨砕した。磨砕液はろ過し, 残渣はさらに90%メタノールで2度抽出して抽出液を得た。抽出液はその総放射能を液体シンチレーションスペクトロメーターで測定し, 残渣中の放射能は自動試料燃焼装置による処理を行って同様に測定した。その後抽出液を減圧濃縮し, 水とジクロルメタンで分配を行い, それぞれに可溶の画分を得た。ジクロルメタン画分は薄層クロマトグラフィーによる分析を行った。
「日本晴」においては, シメトリン由来の放射能は時間の経過と共に, 水可溶性画分および残渣画分への変化が顕著であった。しかし, 処理温度の違いによるこれら画分への変化の割合には差はみられなかった (Fig. 1)。「IR-8」においては, 水可溶性画分および残渣画分への変化の割合は小さかった。また, 温度による差は認められなかった (Fig. 2)。
シメトリンの作用点は光合成の明反応の阻害と考えられるので, 茎葉中における放射能濃度について検討した (Table 1)。茎葉部中の濃度は「日本晴」では高温区において高い傾向を示したが, 温度処理区間で各画分への変化割合には差は認められなかった。「IR-8」においては処理温度の違いによる茎葉内の濃度変化はみられず, また, 各画分への変化割合にも大きな差はなかった。
次に茎葉中における各化合物および分解・代謝産物について検討した (Table 2)。「日本晴」の茎葉中においてはシメトリンの分解が迅速に進行し, 光合成阻害活性を有する親化合物とそのモノ脱エチル体の総量は, 処理24時間後において, 高・低温処理区とも約28%にまで減少した。一方,「IR-8」においては上記2つの化合物の総量は, 処理24時間後において高温処理区で72%, 低温処理区で78%であった。また,「IR-8」においてはモノ脱エチル体が多く検出され, この分解経路は先に報告したシメトリンに対して感受性の高いタイヌビエのそれと似ていた。
以上の結果から, これらの品種のシメトリン分解・代謝能は, 温度変化によってほとんど影響を受けないことが明らかとなり, 先に報告した日本型イネにみられた温度上昇に伴う吸収・移行の速度増加の結果としておこる茎葉内濃度の上昇が, 葉害発生の主因と考えられた。また, この一連の研究によってイネの有するシメトリンに対する生理的性質の温度変化に対する感応性は, 品種によって顕著に異なることが明らかにされた。