文化コモンズ論は、「文化」に関わることで、私的所有が主張されないモノやコトを対象にする。「文化」的な資源をめぐる所有・管理・用益が互いを規定しあうなかで、その資源が文化コモンズとして認識される。在来・地域知を文化コモンズとして位置づけ、それを保護しつつも場合に応じて共有し拡散することで、社会全体に利益をもたらすことができる。知識は元来、排他的でも排除的でもないため、在来・地域知と科学知は互いに影響を及ぼし、新たな知識を創り出すことができる。両者の「融合」が経済的利益をもたらす場合、その利益がどのように配分され、在来・地域知の保有者に適切に還元されるべきかが問題になる。科学知との「融合」によって在来・地域知のサステナビリティが危うくなり、ときには搾取になる危険性もある。その主因は、先進国の企業が「融合」した知から利益をえる一方で、在来・地域知の保全と利益還元に注意を払わないことにある。この問題を考えるには、近代法の普及と新自由主義の流れ、グローバル資本の活動を視野におかなければならない。在来・地域知の側への利益配分については、名古屋議定書により一応の決着をみている。しかし現在の枠組みでは、利益が遺伝資源や知識の保有者に公平に配分される保証がないため、何らかのチェック機能の導入が必要であろう。しかし、そのチェック機能が「正当な中間搾取者」を生む危険性がある。名古屋議定書による現地国との研究連携による非金銭的な利益は、さらに多角化することができる。こうした議論は、在来・地域知の側が取りうるアプローチとして、オープン・クローズ戦略につながる。肝心なことは、「正当な中間搾取者」を生む危険を自覚する「良心的な外部者」が介在し、当事者の心情にも配慮しつつ、知識の所有と拡散のバランスをとることであろう。