文化人類学研究
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研究ノート
農業における互酬制労働システムの再評価
――中央カンボジア・サンボ村の事例――
チャイ・ナブット
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2003 年 4 巻 p. 116-134

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抄録

 本稿は主としてカンボジア農村で今も実践されている伝統的互酬労働システムに焦点を当て、同システムが歴史的背景に埋め込まれた制度として、時代の変遷とともに変化する社会経済的状況や技術、環境そして宗教といった諸事象に応じて、適応しながら残されてきた様子を取り上げる。

 はじめに著者は持続的農業に関連するいくつかの伝統的言い回し、たとえば「伝統的な」、とか「言い伝えどおりの」、あるいは「実用的な」といった言葉が言及している意味を検証する。農村社会において伝統的な言い回しで言及される事柄とは、農村にすでに埋め込まれ、農民自身の意思により行われている事柄であることは言うまでもない。そうした言い伝えどおりの事柄とは異なり、外部で創り出されたものがある。互酬労働システムの文脈で考えるなら、外部として言及するのは、(かつての) 政府のリーダーたちであり、現在では海外の開発事業団体の人々のことである。カンボジアにおいてはポルポト派政権時代を除くすべての時代において2種類の互酬制労働形態が存在してきた。それらは社会慣習型と農民主導型である。前者は後者より派生したものが若干変化した形態で、ある時代が過ぎるとたちまちなくなってしまうものである。

 現在の互酬制労働システムについて、著者は調査対象となった農村のある家族の「夕食」と「畑の朝」という2つの場を通して考察する。また、仏教寺院とその儀礼が「作法と生き方の知恵を授かる場所」と人々によって位置づけられ、「労働社会」の社会規範として互酬制労働システムが、農民の日常生活を支えながら自然資源を大切に活用するように機能している様子を記述してゆく。いつどこでどのように稲を効果的に時期に応じて持続的に生産することができるかといった方法、洪水や雷雨そして干ばつといった自然災害をも避ける方法を、仏教寺院とその儀礼を通して知ることができた農民たちは、授かった作法と生き方の知恵への見返りとして、互酬制労働システムを機能させながら働く様子を示してゆく。さらには、著者は農村開発委員会 (VDC) と伝統的労働システムを比較しながら、前者が暫時的な組織形態であり、農民たちが敢えてそこに参加するのは何らかの報酬があるときだけで、後者のほうが歴史的に埋め込まれた、農民たちの間では実効力のある参加型の組織形態であることを見出している。

 結論として「サンボ」村における伝統的互酬制労働システムが、農民にとって生業のための歴史的根拠に基づいた戦略であることを明らかにする。そして同システムが農民に生き残るために十分な食糧をもたらすだけでなく、時期的に適度な食糧をもたらし、農民自身の管理能力だけで農民のための食糧生産を可能にするシステムであることを述べる。さらに、同システムが土地不足や財力不足の問題を農民にとってより解決しやすい状態に導き、貧困を削減することはできないまでも被害を少なくすることを少なくとも可能にすることを指摘する。

 筆者は本稿を通して「サンボ」村のような場所で持続的農村開発を望む場合、農民の視点に立って開発を考えることから始める必要があるということを実証してゆきたい。

 本稿は著者の修士学位論文「カンボジア中部農村の社会と文化 : 持続的農村開発を求めて」の一部に修正・改善を施したものである。

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© 2003 現代文化人類学会
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