2022 年 29 巻 p. 54-75
女性運動の先駆として有名な『青鞜』(1911年創刊) の研究において、「レズビアニズムの排除」が指摘されてきた。しかし、それが平塚らいてうが執筆した評論的な文章のみを分析して得られた結論であり、文学的な作品におけるレズビアン表象については検討されていない。本論では、『青鞜』における四つのレズビアン小説を、同時代の女性同性愛言説との関係性において読むことで、「レズビアニズムの排除」という理解を修正することを試みた。1913年前後〈新しい女〉の社会問題化をきっかけに、『青鞜』の女性解放論者の周りで女性同性愛をめぐる言説が多く浮かび上がってきた。『青鞜』の小説が、外部の同性愛言説に応答しながら、レズビアニズムに対する意味づけを更新していた。そこには「レズビアニズムの排除」に収まらない言語表現が確認できる。女性同性愛を揶揄するスキャンダルな言説に対し、小説はそれに対抗しまたはそれを攪乱している。さらに『青鞜』が性科学を用いてレズビアニズムを排除した以後も、小説には同性愛に承認を与え、排除に抵抗する言説が現れている。小説というジャンルには、従来見落とされてきた、『青鞜』におけるレズビアニズムの一つの水脈が見出せる。