スポーツ科学研究
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論文
放送権料収入と人件費の関係:Jリーグが2017年にDAZNと交わした契約を例に
佐々木 達也 武藤 泰明
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キーワード: Jリーグ, DAZN, 放映権, 人件費
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2025 年 22 巻 p. 21-30

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抄録

公益社団法人日本プロサッカーリーグ(以下Jリーグ)とDAZNは,2017年から10年間,明治安田生命J1, J2, J3の全試合生中継を実施する放映権契約を締結した.契約金額は約2,100億円,1年あたり約210億円である.本研究は,Jリーグクラブにとって確実に増えることが予測された収入をどのように使ったのかを,特にチーム人件費に着目して検証することを目的とした.Jリーグが毎年公表する,クラブ経営情報開示資料のJ1とJ2で,DAZN配分金がない2016年と配分金がある2017年の決算資料を使用して比較データを作成することで,詳らかにすることとした.検証すべき命題(仮説)は,次のとおりである.

命題1:事業費(あるいは事業収入)の大きいクラブは小さなクラブと比べ人件費が大きい

命題2:事業費の大きいクラブは,小さなクラブと比べて人件費率が大である.

命題3:事業費が増加する場合,クラブの人件費率は事業費の増加率を超えて増加する

さらに言うなら,ある年度から次の年度への変化については,この命題は次のとおり書き換えることができる.命題3b:事業費(そして収入)の増加が予見される場合,クラブの人件費率は事業費の増加率を超えて増加する.

2016–17シーズンを比較すると,営業費用の全体的傾向は,J1では15クラブ中14クラブ,J2では18クラブ中16クラブの営業費用が増加しており,ほとんどのクラブはDAZN配分金の収入増を予見して事業費を拡大したことが推測された.チーム人件費の全体的傾向は,J1, J2の5つのクラブを除き,2017年において人件費を増やしていた.営業費用と人件費には,決定係数が高く明らかな関係があることがわかった.営業費用と人件費率については,J2よりJ1の方が営業費用が大きく,人件費率が高かった.一方,営業費用と人件費率の関係は,J2ではほぼ無相関であり,J1では逆相関になっていた.すなわち,事業規模が大きいと,人件費率が低いことが伺えた.2016–17シーズンの営業費用の差分(増減)と人件費の差分(増減)を算出し,線形一次回帰を行うと,J1, J2とも決定係数が高かった.J1では,限界人件費率は,56.2%であり,J1の平均人件費率より大きいため,J1各クラブは,収入の拡大を予見したことに基づき,人件費に多くの資金を投下したことがわかった.J2については,限界人件費率は85.0%であり,J1よりも高く,J2の平均人件費率より大きく,J1以上に資金を追加的に人件費に充当していることがわかった.

本研究において重要な結論は,Jリーグ各クラブは,事業規模の拡大を予見し,これに応じて,限界人件費率を高めたという点である.各クラブは収入増分を人件費に傾斜的に振り向けることができた.さらに,同一リーグの中では,事業費と人件費率が比例しないという点に新規性および意外性があった.これはおそらく,事業費の少ないクラブが,順位を上げる,というより降格を回避するために,他の出費を犠牲にしてでも人件費に資金を投下するためではないかと思われる.

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© 2025 早稲田大学 スポーツ科学学術院
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